LEWD(17)

「加賀見さん、……加賀見さん」
 私は衣服を剥いで拘束した青年の肩を揺すって起こした。蛙のように折り曲げられた足は大きく左右に開き、惜しみなく股間を晒け出している。その体勢の息苦しさもあってか、彼は首を捻りながら呻いたあと、程なくして目を開いた。
「加賀見さん、……目を覚ましましたか?」
 油で薄汚れた工場の床に仰向けに転がされたその体勢を、彼は暫く理解できないといった風に言葉を失した。覆い被さるように、その躰を覗き込む。
「……ッ! て、……てめぇ……ッ!」
 闇の中で光る私の目を見て状況を思い出したのか、青年は震えた声を出した。それに応じるように私の唇からは思わず笑みが零れる。
「何の、真似だ……ッ、……こ、れは……! 解けよ、ぶっ殺すぞ!」
 打ちっ放しの床の上で背中が擦れるのも気にせず彼は身を捩った。暴れ出すことで、自分がどんな霰もない格好で縛られているかがようやく判ったようだ。見る見る顔面が蒼白になる。
「何、……何する気だよ、てめ……、ッ! ちょ、……ッとマジ、ふざけんなっ! 解けよ!」
 彼に許された動きは寝転がることくらいだ。仰向けの躰を横たえ、俯せになり、しかし芋虫のように移動できる距離などたかが知れて、再び私を振り返る。何も言葉を発しない私を怯えの表情で見つめた。
「やめ……、やめろよ、……こっちくんなよ、変態ッ……マジ、こっちくんな……ッ」
 家族でも呼ばれたら堪らないと思ったが、彼の声は恐怖で震えてとても呼べそうにない。ただでさえ昼間運転する機械音を二階に響かせないための防音設備が整っているのだ。
 私は工場の隅まで転がりながら移動した青年を、ゆっくりと追い詰めた。彼の傍らに金属の棒が転がっている。彼は横目でそれをちらちら見ているが、後ろ手に縛られていてはそれを武器にすることも叶うまい。
「ぶ、……ぶっ殺すぞ、……変な真似してみろ、……てめぇなんか仕事にも就けなくなるんだぞ……このまま俺を解放すれば……み、見逃してやるから……」
 静かな工場に彼の歯の根がカチカチと小刻みに鳴る。語気は徐々に弱くなった。私の影が彼の躰に掛かる。それだけで彼はひっ、と鋭く息を飲んだ。
「あ、……わ、判った……残業とかもう言わねぇよ、……変な難癖もつけねぇ……」
 工場の床に腹這いになって、彼は躰を竦めた。今にその尻に私の猛りをぶちこんでやる。そう思うと彼の泣き言も興奮のオードブルにしかならない。
「頼むよ、……もう、仕事はあんたの好きにしていいよ、だから、もう勘弁してくれよ……ッ!」
 私は彼の肩に手を掛けると呆気なくその躰を裏返した。工場の壁に背中を付けて私を仰いだ彼の顔面は涙に濡れていた。
「勘弁……?」
 彼の躰を壁に起こして、私は自分のスーツのフロントを開いた。彼の躰は硬直してしまっている。
「何を勘弁すると言うんだ、……まだこれからだよ?」
 私が下着の中から鉄のように硬くなった勃起を掬い出すと彼が微かに首を振る。歯を食いしばって、背を向けた壁に更に後退したがっていた。
「別に若社長にされた仕打ちを恨んでるとか、そんなんじゃないんですよ
 だから、謝られてもどうしようもない」
 壁際の青年に向かって私は勃起を扱きながら近寄った。ぴったりと湿られた歯の間からか細い悲鳴が漏れているようだが、蚊の羽音くらいにも聞こえない。
「咥えて下さいよ、……ほら
 別に変態だと罵られても何でも構いませんよ」
 唇を閉ざした彼の頬に亀頭を押し付ける。露骨に顔を歪めた青年は大きく顔を背けた。
 その唇を追ってもう一度亀頭を突き付けた。一方の掌で顎を掴んで、顔を背けられないように拘束し唇を先端の尖りで割った。
「噛み付いたりしたら……どうなるか判ってるんでしょうね」
 頑なに閉められた歯列の上を何度もなぞりながら幹を扱いた。恐怖で荒く弾む彼の息が肉棒を擽る。今はこれで良い。これから一晩でも、或いは何日に分けてでも完全に調教して、この性器を旨そうにしゃぶれるようにしてやる。
「ほら、イクぞ……イクぞ、たっぷり味わえよ、……ッぅ、う……!」
 吉村によって一度満たされた私の性欲は、他人に向けて吐き出すことを知って止めどなく溢れてくるようだ。以前の私はこの強い性衝動を、溢れても溢れてもまだ湧き出てくる性欲を、押し殺すべきものだと思っていた。
 そうすることで妻も私も幸せになれるものだと信じていた。しかし彼女は男の躰を余所に求め、私も、私の肉棒で悦ぶ吉村やlewdを知った。そして、他人を虐げることの快楽や興奮も。――自身の性癖に、私は今まで気付いていなかったのだ。
「……ぅ、え・ぇ……ッうえェ……っ!」
 口内に飛び散った精液を吐き出そうと喉を鳴らす彼の頬に残滓を塗りつける。そうする内に屹立はすっかり高度を取り返してきていた。私の手の中でびくんびくんと跳ね、それはかれにも伝わっているようだった。
 或いは彼女は私を裏切ったのではないのかも知れない。彼女を裏切ったのは、私か? 私は彼女に欲情しただろうか。そうあるべきものとして私は彼女と結婚を考え、彼女にもその意思があると知ると何かに急き立てられるように結婚したが
 あの時私を急き立てたものは一体何だったのだろう。
「加賀見さん、……こっちへおいで」
 抵抗する気すら失せたかのようなぐったりとした躰を壁から剥がして工場の床に寝かせる。眸だけがぎらぎらと光って私を睨め付けていた。深い深い憎しみへと感情が移行したのだと表現したいのだろうが、今はそれで良い。別に気にも止まらない。楽しみはこれからだ。それを経た後でも彼が私を憎むかどうかは誰にも判らない。