LEWD(96)

 また、冬が来ようとしている。
 吉村の思惑通り、一度は工場の切り落としは再考に持ち直したものの三ヶ月を待たず本社は国内の下請けを排除、アジア各国に自社工場を建てることに決定し、結局は工場を守ることは出来なかった。
 それで吉村を責めるつもりはない。吉村は自分が至らなかったと思っているようだが、彼の最終的な望みは私を本社に連れ戻すことだったのだからそれは叶えられたと言えよう。
 あの後、春の辞令では私は本社に呼び戻された。しかし専務だって自分の娼"夫"が他の男のために躰を投げ打っていることが面白いわけではあるまい、私は元の部署に戻ることは出来ず総務の末端を担っていた。
 それでも働き口があるだけマシな方だ。係長は昇格し、本社の大きな建物の中で時折私の姿を見かけると見下したような笑みを浮かべた。相変わらず私は落ちぶれたような扱いを受けることがしばしばあったが、他人の評価が何だと言うのだろう。
 仕事の主は雑用に過ぎなかったが、お陰で定時出勤定時退社の私の生活リズムは再び戻ってきた。人事部の部長に昇格した若林は以前に増して忙しくしているようだったが、偶に時間が取れると私を誘って飲みに出る。
 目黒の女のところに顔くらい出しているのか、と尋ねると若林は苦笑を漏らした。別れたのかも知れない。埼玉で一緒に暮らしている嫁方の親の具合が芳しくないようで、年内一杯持つかどうかということらしいから、万が一のことが遠からず起これば、埼玉の家を引き払って都内に越してくるつもりだとだけ報告した。
 若林らしい、と私は答えた。
 飼われた女にも、彼女の人生がある。いつまでも既婚者に尽くしているわけにいかないだろう。彼女と別れることが、若林にとって何でもなかったこととは思えないし、若林のことだ、彼女にもそう理解をさせただろう。お互い、暫くの間は辛くても。
 若林は私の近況を聞くようになっても特にコメントをしなかった。褒められたものとは言えないことをしていても、私がそれを知ってやっているのだと判っているからだ。
 恐らく若林にだって、私にだって正確には判らないのだ。今、自分がしていることが本当に正しいことなのかどうか、間違っているかどうか。自分を幸福にする選択をしているのか、または相手にとって幸福になるべき選択なのかどうか。
 一時的な欲情に流されるには私は年を取りすぎていると思う。しかし、これは少なくとも私にとっては唯一自分の居場所を感じられる生活なのだ。
 会社を定時に上がって毎日決まった時間の電車に乗り、駅からマンションまで十数分の歩き慣れた道を歩く。エレベーターで上階まで登り、廊下を進むと部屋の窓に明かりが灯っていた。
 風呂場の換気扇が回っている。風呂を先に済ませたのかも知れない。私は鍵の掛かっていない扉を開いた。
「……ただいま」
 部屋の奥から、彼が顔を覗かせた。