RED(1)

 優司の葬式は至って質素なもので、申し訳程度に行われただけだった。
 参列者も少なく、泣いている者など一人もいなかった。
 喪主もいなければ前夜の通夜もなくて、俺が、坂森や高嶋と
 優司の硬くなった躰を前に一晩中黙っていたくらいで
 優司の働いていたレストランの店員とか、皆で飲みに行った居酒屋の女将さんとか、
 よく買い物に行ってた商店街のおばちゃんとかから貰った香典を掻き集めて、簡単な葬儀を行った。
 その席に当然、優司の『親類』は姿を見せず
 俺たちは明日の食費すら危ういような学生崩れだったけど、なけなしの金を絞り出して優司を火葬場まで連れて行って、優司の躰を焼いた。
 俺が口付けした肌を
 俺がかき抱いた躰を
 炎はあっという間にこの世から消してしまった。
 まるで、夢から覚めたように。
 そして、
 ――そうだ。
 優司が唯一の肉親と言っていた姉の埋まっている墓、あそこには
 『望月』と彫られていたっけ。

「望月すばる、という男。優司の弟だそうだ」
 高嶋の、俺の頭を押さえる手が震えている。
 他人や自分の哀しみに動じる人間じゃないと思っていた。
「高嶋」
 俺は気負わずに答えた。声は自分でも驚くくらい平静だった。
「平気だよ」
 今更何が怖いと言うのだろう。
 俺は優司を愛していた。
 この人ただ一人を生涯かけて愛すと決めた。
 その人を失った以上、護るものなんてない。
 何も、怖くなんかない。
「神野、……知ってたのか?」
 頭を押さえる手を緩めて、高嶋が俺の顔を覗いた。
 俺は突っ伏していた体をゆっくり起こしながら、首を左右に振る。
 優司に血の繋がった家族はいないのだと思っていた。だから優司は悲しいんだと思っていた。
 でも、そうじゃない。優司を産み落としてくれた人がいて、家族があって、それでも姉しか「いなかった」んだ。優司には。それが優司を笑わせてくれなかったんだ。
「高嶋は、……どうして?」
 俺は枕元に丸めてあったジャケットに手を伸ばした。視線を伏せると、そのまま目を塞いでしまいたくなった。
 瞼の裏には優司がいる。ほんの数ミリくらいは優司に、近づけたのかも知れない。優司のことを少しでも、知ることで。
「坂森が、あの男の――すばるの、話し相手になってやってるらしい。それで」
 坂森らしい。
 俺にだって昔は好意を寄せてくれる女の子がいた。それを断った俺の知らないところで、坂森はその女の子にフォローしてやったりしていた。
 そしてそれを俺に教えてくれるのが高嶋だった。
「すばるは、知ってたのか」
 俺は眸を閉じてしまわないように視線を上げると、ジャケットを羽織って布団から立ち上がった。
 高嶋も止めなかった。
「知った、らしい」
 俺は布団の傍らに座り込んだままの高嶋を見下ろすと、微笑むことすら出来た。すばるは自分の家族のことを知って、それで俺に逢いに来てくれたんだろう。
 それが判った今でも、すばるにかけてあげる言葉は見つからないけど。
「俺、ちょっと行ってくるよ」
 短く告げると部屋を飛び出した。
 どうするつもりなのかは判らない。ただ、確かめたいだけだ。
 誰かを憎んで済むならそれでも良い。
 どうして優司が、自分の父親に殺されなければならなかったのか、少しでも知りたい。
 俺は生きていて、それでも優司のことを忘れられないでいる。
 だからせめて、もう少し優司のことを教えてよ。
 俺は此処に居たまま、独りにもなれずに優司を想うことしか出来ないから。