秘密(1)

 松岡の掌は大きい。
 指が長くて、乾いている。
 これがきっと営業の席では取引先の手をしっかりと握って、信頼感を与えるものなのだろう。
 久瀬は、目の前を覆う松岡の掌を見詰めながらぼんやりとそんなことを考えていた。
 正確には松岡の手は近すぎて、影にしか見えない。指の隙間から漏れてくる光もほとんどなく、やがて久瀬は天井を仰ぐことを諦めて目蓋を閉じた。
 その瞬間、松岡が小さく笑ったような気がした。
 いつもの、喉の奥を震わせるような低い笑い声。馬鹿にされている気になって、久瀬は下唇を噛んだ。
「何だ」
 松岡の肩を押し返す腕に久瀬が力をこめると、松岡は体重をかけてそれを拒んできた。
 片手で久瀬の視界を塞ぎながら、一方で松岡は久瀬の足の付け根を弄っている。長い指先が、筋張った久瀬の肌の曲線をなぞる。久瀬の意思など関係なく、肌は粟立った。
「別に……」 
 答えると、松岡はそれを諌めるように久瀬の肌の上に爪をたてた。
 久瀬の内腿を爪の先で引っ掻くように撫で下ろし、膝の内側を押し開く。またその掌を上らせる。薄い肉のついた腰の感触を確かめるように掠めた後で、徐に松岡は久瀬の男根を捉えた。
「――……っ!」
 情けないことだ。
 久瀬は既に勃起していた。 
 ベッドに引き倒されてからもう数十分。衣服を乱暴に剥ぎ取られ、ねちねちといつものように執拗な愛撫を受けていたのだから、無理もない。
 久瀬はただ奥歯を食いしばって、首を逸らした。
「お前、もう少し太れよ。抱き心地が悪い」
 反り返った肉棒を指先であやすようになぞりながら、松岡が唇を寄せてきた。
 掌で包み込むでもなく過敏な裏筋をひどく擦り上げるのでもない、掠めるような刺激に、久瀬は松岡の肩を握り締めた。思わず、松岡の手に腰をすり寄せたくなる。
 これは単純な、生理的欲求だ。
「勝手、なことを……」
 確かに久瀬は肉付きが悪いかも知れない。スポーツに熱中した経験もないから筋肉もない。
 同僚の女性に久瀬君は華奢だよねなんて揶揄われることもある。
 しかし抱き心地が悪いとは何だ。
 そんなに肉感的な相手が好みなら、大人しく女を抱いていればいい。
 足を開いた久瀬の腰に寄せられた、松岡だって昂ぶっている。男を組み敷いて欲情しているくせに。
「お前の体に俺が勝手を言って何が悪い?」
 じれったいような愛撫に息をしゃくりあげる久瀬の唇を、ねっとりと松岡が舐った。吐息が湿っている。
 下着を着けたままの松岡の怒張が、松岡の掌よりもずっと熱く、久瀬の股間に押し付けられてきた。
「ンぁ、……っぅ、あ」
 ぶる、と竦みあがった身体を堪えようとして、久瀬は思わず声を漏らした。
 その隙を狙ったかのように松岡の舌が咥内に滑り込んできた。容赦なく押し入ってきて、唾液を泡立たせるかのように久瀬の頬の粘膜をしゃぶる。
 舌を久瀬に噛み切られるかもしれないなんて、松岡は考えもしないのだろうか。
 それとも、それを防ぐために久瀬の口いっぱいになるまで舌を咥えさせるのか。
 久瀬は松岡の舌に蹂躙されるように喉をあばかれて、涎を溢れさせた。
「くぅ・っン、――ん、ンむっ、ん、」
 松岡の指が久瀬の肉棒に絡みついたかと思うと、カリの下まで引き下がった包皮を引き下げて、久瀬を一気に過敏にした。
 背をシーツから浮かせて仰け反った久瀬の声を、松岡の唇が吸い取る。
 久瀬が滴らせる唾液を啜り、下唇を食みながら松岡は親指の腹で裏筋を擦り上げる久瀬の男根に、自身の下着を密着させながら腰を揺らした。
「ン・ぅ……っく……ン……っ」
 息苦しさを覚えて久瀬が頭を振っても、松岡は唇を離そうとしてくれない。ただ、目蓋を覆っていた掌だけは落として、代わりに久瀬の胸に伏せた。
「――……ッ、!」
 松岡の手が胸の上に落ちたというだけで、思わず久瀬は眉根をきつく寄せた。
 その指先が、次の瞬間にはどこに向かうのかと意識が集中して全身が過敏になるのを感じる。松岡の掌に、体温に、息遣いに体が翻弄される。意識がそれ以外に向かなくなる。捕らわれる。
 まるで自分が、獣になったかのようだ。
「久瀬」
 唾液に濡れた松岡の唇が、水音をたてさせながら久瀬の呼吸を許したかと思うと掠れた声で久瀬を呼んだ。
 急いた仕種で擦り付けられる松岡の腰では、猛った男根が下着を押し遣るように張り詰めている。
「手を貸せよ」
 ほら、と松岡が笑みを含んだ声で久瀬をそそのかした。
 松岡だって息を上げている。それなのに彼の声はいつも余裕綽々で、久瀬を嘲笑うかのようだ。
 実際、久瀬に拒否権は与えられていないのだから、松岡が増長するのも無理はない。
 久瀬は松岡の肩に爪を立てた手をぎこちなく、一本ずつ引き剥がすようにして離すと松岡の下肢に伸ばした。
 シーツに視線を伏せたまま、手探りで松岡の下着を摘む。松岡も腰をずり上げて久瀬が引き下ろしやすいように協力した。
 気のせいか、いつも乾いた松岡の掌が久瀬の胸の上で汗ばんできているように感じる。
 あるいは久瀬の肌が緊張で湿ってきているだけなのか。
 松岡に久瀬の心音を計られそうで、久瀬はにわかに緊張した。
 緊張すればするほど鼓動は早くなっていく。これはただの緊張のためで、松岡の下着を引き下ろすという行為に対してそうなっているのじゃない。ましてや、これから与えられる刺激を期待するなど。
 くっ、と松岡が再び笑い声を漏らした。
「――ッ!」
 まるで久瀬の言い訳を見透かしたようなタイミングに、久瀬は思わず松岡の顔を仰いだ。
 松岡は、久瀬の顔を見下ろしていた。
 視線があった。
 しまった、と思った瞬間、松岡は久瀬に目を逸らす機会を与えずに久瀬の乳首を摘み上げていた。
「ひ、…ッ!」
 背筋に電流が走った。
 目を瞠り、喉を震わせた久瀬の姿を見下ろした松岡はやはり笑っている。
 長い睫毛に縁取られた眸を細め、大きな唇を歪ませるようにして。彫りが深いその顔立ちにはこの薄暗い部屋でも陰影がはっきりと映し出されていて、憎たらしいくらいだ。
「何だ、乳首もチンポもビンビンにおっ勃てて、みっともないな」 
 松岡は背を丸めるようにして久瀬の耳元に唇を寄せると、笑い声の合間にそう囁いては久瀬の小さな乳首を指先でコリコリと転がした。
「ィ、っ――……! っくぅ……ン、ん!」
 むき出しにされた肉棒を捉えられ、鈴口を指先でちゅくちゅくと弄られながらでは久瀬の声に力も入らない。
 どうしようもない。 
 どんなに目の前の男が憎らしくても、久瀬の頭の中はもう快楽のことだけしか考えられないほど侵食されている。
 松岡の爪が久瀬の硬くなった乳首を弾いた。
「ンぁ、っ・ア、……っあ、ふぁ」
 ガクガク、と全身を戦慄かせて久瀬は歯の根が合わない唇を結びなおした。松岡に与えられた唾液のせいでぬるぬると滑り、口と噤んでいられない。
 尿道口の上で先走りをまとった松岡の指が小さく円を描くように揺れている。久瀬は、知らず自ら腰を振っていた。
 徐々に性感が高められていくのが判る。
 イキたい、もうイクことしか考えられない。
 肩で息を弾ませながら松岡の手に与えられる刺激に身を委ねた久瀬の耳朶を、松岡の唇が食んだ。
 ぬるり、舌が滑る。
「お前、何を一人でよがってんだよ。……ハメて下さいくらい言えないもんかね、気が利かない男だな」
 耳元で松岡がそう言ったかと思うと、久瀬の濡れそぼった男根から松岡の手が離れた。
 先走りが糸を引いたかと思った、それほど急に熱を奪われて、久瀬は思わず声を上げていた。
「ッ! ……や、ッ……松、……!」
 やめないで欲しいと、懇願しそうになって慌てて言葉を飲み下す。
 男の手で吐精させられることなど、あんなに屈辱的だったはずなのに。
 松岡の舌先が窄められて、久瀬の耳孔を擽る。擽ったいのは最初の一瞬だけで、すぐに濡らされ、ゾクゾクとした淫靡な愛撫に変わってしまう。
 体の内側を汚されている。そんな錯覚を与えられるのには充分だった。
「イキたくて堪んないんだろ。――ハメて下さいって言うんだよ。お前はチンポに突かれてイキまくる変態なんだから」
 耳朶を塞いだ松岡が低く笑って、久瀬を蔑む。
 濡れた松岡の指先が、久瀬の背後を乱暴に掴んで双丘を割った。
 松岡に言われなくても判る。
 もう何度も、そうされて乱れてしまっているのを、身体の芯が覚えている。
 久瀬の理性などお構いなしに、そこは既に収縮を始めていた。
「――………ぃ…」
 久瀬は、眩暈を覚えて目蓋を強く瞑った。
 松岡の歯列が久瀬の耳殻を甘く噛んでは強く吸い上げる。久瀬は身体の下のシーツを、指先が白くなるまで握り締めた。
「くださ、い……っ! もう、……っ松岡の、…が、欲しい……ッ」
 唇も喉も、全身が小刻みに震えているのを久瀬は感じていた。
 寒さに震えているようにそれは身体の芯から湧き上がってきて、止められない。だけど身体はどうしようもなく熱くて、松岡に触れた箇所などは火傷をしているのではないかと思うほどひりひりする。
 松岡の指先が、ヒクついた久瀬の蕾の周囲をゆっくりとなぞって、誘惑する。
「何? 聞こえない。もう一度」
 くちゅと水音を一つ残して、松岡が耳朶から唇を遠ざけた。久瀬の顔を覗きこんでいる。それを意識するほど、久瀬は目を開けなくなった。
「松岡の、……――チン、……ポで突いて欲しい、……は、――ハメて、くださいっ…!」
 気が変になりそうだ。
 あともう少しでイクことができるのに刺激を与えられない身体のせいなのか、それとも、こんな恥辱にまみれたことを言わされている状況のせいなのか、久瀬は自身の頭を抱え込んで、身を竦ませた。
 まるで止めを刺されるように松岡の笑い声が頭上から響いてくる。
「ああ、――よく言えました。さすが久瀬は、お利巧さんだな」
 松岡はそう言ったかと思うと、久瀬の腰を掴んで抱き上げた。
 思いがけずベッドから引き上げられた久瀬が目を瞠ると、松岡の不敵な表情が視界に飛び込んできた。
「そんなにチンポが好きか? じゃあ、くれてやるよ。……たっぷり腰を振って味わえよ」
 久瀬の身体を抱き上げた松岡は、ベッドに腰を下ろすといきり立った怒張の上に久瀬の身体を下ろした。
「ちょ、っ……! 待っ、……松、かッ……!」
 慌てて肩を押し退けて逃げようとしても、松岡は久瀬の肩をしっかりと抱きとめて拘束している。逞しい腕はびくともせずに久瀬を自らの胸に引き寄せて、ともすればベッドの上の腰を突き上げては久瀬の後孔を突付く。
 久瀬の力が抜けてその上に腰を落としてしまうまでは、時間がかからなかった。全て、松岡の思惑通りだ。
「くッ……っぅ、う・ンっ……ぁ、……!」
 拠りどころを探すように松岡の肩にしがみついた久瀬は、顔を伏せて背筋を震わせた。
 松岡の腰を跨いだ内股はビクビクと断続的に震え、限界を訴えている。
 ただでさえも、松岡の図太い男根の先端を咥え込んだ背後は吸い付くように収縮して松岡のものから離れようとしない。それどころか、松岡の肉棒がビクと脈打つたびに、腰が抜けそうになるほどの震えが久瀬を襲った。
「チンポ嵌めて下さいなんておねだりしたわりには随分ゆっくりだな。ん? そんなに勿体つけたいのか」
 久瀬の腰に回した松岡の手は、支えてくれるというのにはあまりにも頼りなく、ただ久瀬を抱き寄せているだけのものだった。
 力をなくしそうになる腰を引き止めるのに精一杯になっている久瀬の汗ばんだ肌を、松岡はこれ幸いとばかりに撫で、目の前に晒された首筋に唇を寄せてくる。
「その割にはきゅうきゅうと嬉しそうに締め付けてくる。お前は本当に、面白いな」
 肌に張り付いた久瀬の細い髪を鼻先で掻き分け、松岡は久瀬の耳朶の下をべろりと舐めた。
 思わず、首を竦める。
 以前、執拗に強く吸い上げられて鬱血の跡をつけられたのも首筋だ。
 ワイシャツでも隠れず、襟足の髪が揺れるたびに緊張したあの数日のことを思い出して久瀬は頭を振った。
「――邑」
 久瀬のいやいやを諌めるように、松岡は唇を短く吸い付けて囁いた。かと思うと、次の瞬間。
 久瀬の肌の上を滑っていた松岡の指先が久瀬の前に回り、腫れたように充血した久瀬の乳首を掠めた。
「――――……ッ!」
 ぶる、と久瀬は竦み上がった。
 身体の芯に教え込まれた甘い余韻が背筋を駆け上り、久瀬は松岡の肩にしがみついた手の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「ぃ・ッあ、ア――……ッあ、あ……! ン・ぁ、ッ……!」
 肉を押し拡げて挿入される、松岡の猛りをまざまざと感じる。慌てて腰を引き上げようとしても、もう遅い。松岡の腕がそれを許さないように絡み付いている。
 下肢からゾクゾクとこみ上げてくる淫靡な戦慄きに全身を支配されて、久瀬は身を捩った。
「ン・ふっ、ぅ……っ、や、…ッ・ぃや、…だ……っ」
 腰を上げることができないのであれば、松岡の膝から引こうと肩を押し遣るが、松岡に引き寄せられてしまう。身を捩れば捩るほど、体内に深く咥え込んだ怒張に肉襞を掻き乱され、身体の力が抜けていく。
 力なく抵抗する久瀬の中で、松岡はますます力強く跳ね上がり、向かい合った形で繋がった久瀬の前立腺を打つ。
 久瀬は身を仰け反らせ、背筋を引き攣らせた。
「あ・ッ――や、……あ、ァ……ア、松、……か…ッ!」
 身の内側から蕩かされて、抵抗する力が奪われていく。
 外部から松岡に昂ぶらされた久瀬の肉棒が、今度は内側からの陵辱に突き上げられて、ひとりでに濡れている。
 松岡は、ともすれば背後に倒れこんでしまいそうな久瀬の腰を掴むと、猛った男根を根元まで突き入れるように腰を上げた。
「ひィ・っ――あ! あ、待っ……松岡、…ッも、松……ッだ、だめ」
 肉孔が歪むまで深く捻じ込まれ、ぴたりと腰を合わされると久瀬はそのままベッドに倒れこんだ。松岡に押し倒されたのか、自分から横たわったのかは判らない。
 視界に松岡の影が落ちて、外界から遮断されたような気になってくる。
 久瀬を寝かせた松岡は腰を掴んだまま大きく身を引くと、逞しい男根をカリの下まで抜いた後、間を置かずに久瀬を突き上げた。
「――……ッ! ァ……っは、……!」
 久瀬は腹の内側を強く抉るような刺激に大きく唇を開いたまま、声を上げることもできなかった。
 全身を松岡の熱い杭で貫かれて、全身が痙攣したように強張って、ベッドの上で跳ねる。
 頭から足の先まで、自分のものではなくなってしまったように断続的に震えるばかりで。
「大好きなチンポを根元までハメてもらって気持ちいいだろ?」
 ほら、と続けながら、松岡はまるで久瀬の反応を揶揄するように、深く突き上げた腰をそのまま中で回転させた。
 揺さぶられた腰がぐちゅぐちゅと濡れた音をたてる。
 奥を突かれ、肉を掻き乱されるたびに久瀬は意図せずに腰を跳ね上げさせて、まるで松岡の責めに応じるように身を捩っていた。
「……ァ・っく……ふ・ぁ、ンっ……!」
 震える手でシーツを手繰り、握り締める。頬をシーツの皺に押し付けて顔を押し隠そうとすると、それを松岡が拒んだ。
 乱暴に顎を掴まれて仰向かされる。
 恥辱にまみれた久瀬の顔が見たいのか、久瀬は松岡の視線を目蓋の裏で感じながら、妙な昂ぶりを感じていた。
「イイ、イイって泣くまで犯してやろうか」
 松岡の吐息を近くで感じた。
 言葉で促されるわけでもないのに、久瀬は反射的に唇を開いていた。松岡の舌が久瀬の唇をつうとなぞった後で、久瀬の咥内を塞ぐ。
「ンぁ、あ……っ、ふ・っん……ん、ぅ、……ン」
 自ら応じるように舌を伸ばし、松岡の舌裏を舐め上げながら久瀬は自分が追い詰められるのを感じていた。
 熱い。
 身体の内側からも外側からも、松岡に触れられて、勝手放題に舐られて腰の付け根が痺れたようになっている。熱くて苦しくて、堪らない。
 ここから救い出してくれるなら、ひどい言葉で罵られてもいいから、松岡にだって縋る。
 久瀬は松岡に穿ちつけられる男根に自身の腰を擦りつけながら、松岡の首に両腕を回した。
 松岡から与えられる唾液に溺れながら唇を開き、息も継げないまま甘い声を上げた。
「も、――……ッ許して、松岡、も、……だめ、っ・ま……ッ」
 充血して蕩けた肉襞を松岡の凶器に蹂躙されながら、久瀬の腹の上には先走りの汁が溢れているのが判った。
 突き上げられるたび、射精しているかのように透明の体液が散っている。それだけ強く身体を揺さぶられているのもあるし、また、本当にイっているのかもしれないとも思える。久瀬にも判らない。
「イキたいのか?」
 松岡の首筋に顔をすり寄せた久瀬に、松岡の低い声が響く。
 久瀬の後頭部を支えるように髪の間に指を梳き入れ、まるで撫でてくれているようにも感じる。そんな風に優しくしてくれる理由などないのに。
「イキた、……ぃ、イキ……っ・松岡、ぁ、……もう……っ・イイ、イイ、から……っ我慢でき、な、ッ――…!」
 自分がまるでただの肉の塊にでもなったかのような錯覚に陥る。
 松岡が触れた髪の先にすら性感帯があるようで、久瀬は松岡が言った通りイイ、イイと泣き出しそうになって松岡の首に回した腕をきつくした。
 久瀬の身体をきつく抱き止めた松岡が、ひときわ強くその腕を強めた気がした。
 久瀬が松岡に縋りつくのと同じように、松岡にもまた絶頂が近付いているのか。耳に響く、荒い、獣じみた吐息が久瀬のものなのか松岡のものなのか、もう判然としない。
「ア、っあ……あ、あア・ぁっ…あ、ィ――……ッく……!」
 久瀬の足がシーツを蹴る。大きく開いた久瀬の足の間に密着する松岡の腰が、ぶると大きく震えたような気がした。
 白濁を吐き出す瞬間、松岡のものが大きく膨張したと感じるのを待たずに、久瀬は全身を強張らせて吐精していた。
 きつく寄せ合った身体の間に、熱い迸りが打たれるのを感じる。それとほぼ同時に、久瀬の体内にもまた松岡の雄汁が勢いよく注ぎ込まれていた。

 
 肩で息をしながら、緊張した身体を一気に弛緩させた久瀬はシーツに身を沈めて寝返りを打った。
 呼吸が落ち着くまで、口も開きたくない。
 松岡に早く帰ってくれと言いたいのは山々だが、ひどく息が上がっていることを悟られるのも何となく癪だ。
 背後で、注ぎ込まれた精液と共に松岡のものが抜け落ちるのを感じた。
 その感触にも身が竦んでしまうのを堪えきれず、久瀬は身を縮ませた。ともすれば声まで上がってしまいそうで、松岡から逸らした顔に掌を押し当て、声を殺す。
 その久瀬の手首を、松岡が押さえた。
 気付くと、松岡の腕はまだ久瀬に絡みついたままになっている。
 あまりに体温が同化していたせいで気付かなかった。
「――抱き心地が悪いんじゃなかったのか?」
 離せよ、と久瀬が肘を張ると、松岡はよけいに身を寄せてきた。
 耳朶の傍で松岡の笑い声が聞こえた。
「この辺にもう少し肉がつけばいいんだけどな」
 そう言ったかと思うと、松岡は掌を久瀬の腰に滑らせた。
 湿っている。汗ばんでいるのか、それとも久瀬が汚してしまったのかは判らないが。
 松岡の感触をまざまざと覚えたままの腰を弄られて、久瀬はにわかに身を震わせた。堪えようと思っても、もう遅い。ベッドのスプリングを揺らすほどビクビクと震えてしまって、久瀬はシーツに顔を伏せた。
「もう触るな、……用は済んだはずだろ」
 くぐもった声で久瀬が訴えても、ただ笑い声だけが返ってくる。
 苛立たしさに任せて背後の松岡を思い切り打ってやろうと、久瀬は松岡に捕らえられたままの手を振り上げた。
 その腕を、引かれる。
 松岡に背を向けた久瀬の身体を強引に反転させると、松岡は久瀬の顔を覗きこんだ。
 まるで自分の玩具を引き寄せるような、傍若無人な仕草だった。久瀬のやわな腕は乱暴に引っ張られたせいでひどく痛む。
 しかし、不服を言うような間もなかった。
 視線があったかと思うとすぐに松岡は久瀬の唇を塞いで、さっきまで嬌声を上げていた久瀬の咥内を吸い上げた。
「――お前は俺のものなんだから、俺がどうしようと勝手だろ?」
 やがて唇を離したかと思うと、松岡はそう言って低く笑った。
 その眼に暗い瞳が宿っている。
 久瀬をこの淫靡な牢屋に閉じ込めている、看守の眼差しだった。