好きの約束(1)

 盛大に皿が割れる音で目が醒めた。
 陶器の破片が飛び散る甲高い音に続いて、皿を割った犯人に対する叱咤の声。低く抑えられた女中頭の声は、邸の主人である私に留意しているのだろうがかえって耳障りに聞こえた。どうせ私は起きてしまったのだ。
 この邸も、もう昔ほど広くもない。女中頭などという肩書きに拘って偉そうに――勿論キャリアもあるし実際働き者なのだが――ふんぞり返ってはいても、もうこの家の手伝いをしてくれる者は五人しかいない。
 いや、今日は六人か。
 私はベッドを肘で押し遣るようにして身を起こすと、いつも女中頭の言うことを黙って聞いている賢いメイドの取り繕うような声が聞こえた。皿を割った犯人に、何か別の用事を言いつけている。優しい姉のようなその声音は、私のいる寝室まではっきりとは聞こえなかった。
 邸内の調度品の管理にこと厳しい女中頭の怒りが、もう少し待っても収まらないようだったら私が助け舟を出しに行こうと思った。天蓋から垂れ下がった薄手のカーテンを開く。朝日はまだ昇ったばかりのようで、前時代的な――聞こえ良く言えばアンチックな装飾の施された大仰な窓枠に切り取られた向こうの空は清純な色をしていた。
 不必要に広いベッドから降りると、まだ睡気の残る頭をクリアーにするために私は暫くその空を見上げた。
 この空の下に数多暮らす人々の疲れを夜の内に安らかに鎮め、新しい朝日が上る時にはまたこうして澄んだ晴天を見せてくれる。まだ人々のいきれを知らず、今日の風がどこを吹くのかも決めていない、ただ純粋に世界を明るく照らし出そうとしてくれる清澄な太陽。
 年代を経ているのにもかかわらず、メンテナンスが行き届いているお陰でまるで新築の邸のように音もなく開く窓を開いて、私は明るい空を仰いだ。
 汚れを知らず、迷いもなく、その光の恩恵を受ける者を無条件で明るい気持ちにさせてくれるその朝陽は、彼を連想させた。
 窓辺に凭れ、朝陽を浴びながら再び瞼を落とす。やはり彼と同じように、私の心までぽかぽかと暖かくしてくれるその光に照らされながら私はまた少し、まどろみ始めていた。
「ご主人様、おはようございます」
 好い気分で舟を漕いでいるところに、寝室の扉が音をたてて開いた。いつもは重々しい軋みを響かせる扉が、彼の手にかかると自らその口を開けるかのようだ。その華奢な腕で、容易く私の時間に入り込んできてしまった。
「あれ、……起きてらしたんですか?」
 窓辺に掛けた私の姿を見た彼は、残念そうに眉根を寄せて首を捻った。大方、私を起こしてくれとメイドに頼まれたのだろう。私の寝覚めが悪いことにはメイドが毎朝手を焼いているから彼に頼んだのかも知れないが、彼にしてみたら私の寝惚けた姿を見るのは恐らく楽しいことなのだ。
「ああ、さっき厨房で皿の割れる音がしてね」
 私は凭れていた窓辺から身を起こし、小さく笑った。彼が息を呑む音が、こちらまで伝わってくるようだった。
「あの、……ぼく……です、それ……。すいません」
 さっきまで不服そうに寄っていた眉が、今度は叱られた仔犬のように眉尻を垂れ下げてしまった。ただでさえも小さい肩幅を更に縮め、文字通り小さくなって俯いてしまう。太陽に厚い雲がかかって、突然曇ってしまったようだ。暖かく照らされていた私の心まで冷えてしまう。
「気にすることは無いよ、皿なんてまたいつでも買えば良い。それよりもリオ、こっちにおいで。怪我は無い?」
 彼の名前を呼ぶと、深く深く俯いた顔が私を向いた。ただ皿を割っただけのことなのに、その眼は潤んでいるようですらある。
 おいで、と手を差し出して繰り返した私にリオは恐る恐る近付いて来た。
 リオがこの家の調度品を壊してしまう類の失敗をしたことなんて一度や二度じゃない。時価数千万の壷を落とされそうになったこともある。今日はたかが皿一枚のことだ。それがマイセンだろうがアビランドだろうが、私は彼を叱り付けようとは思わなかった。
「……ごめんなさい」
 少年のものとは思えないような長い睫を伏せ、その下に涙の雫を湛えたリオは私の差し出した腕のすぐ傍で足を止めると消え入るような声で言った。
「怪我はしなかったかい。……莫迦だね、いつもの冗談だ。私がリオを叱ったことなんてないだろう」
 いつまで経っても私の近くに歩み寄ろうとしないリオに痺れを切らし、私は腰を浮かせて腕を伸ばすとリオの華奢な躰を引き寄せた。半ば強引に抱き寄せられたリオの頬に、下睫が支えていた涙が一粒、零れ落ちる。私はそれを、寝間着の胸で拭ってやった。
「どうしたんだ、今日はやけにしおらしいね。……厨房でひどく叱られたのかい?」
 就学してもう数年も経つのに、リオの躰はまだ未成熟なままだ。こうして私が腕に抱いてしまうと、リオが初めてこの邸に来た時――当時リオはまだ四歳で、物心ついて間もない頃だっただろうか――と同じ、穢れを知らない子供のにおいがする。
 その暖かいにおいを胸いっぱい吸い込むようにして、私はリオの躰をきつく抱きしめた。
 私の父はまだまだ働ける上り調子の頃に突然、心臓の病で斃れた。当時私はまだ二十代で、已む無くこの邸を継がなければならなくなった自分の人生を憂鬱に感じていた。実父の死を悼むこと以上に、代々続いたこの伝統ある家系を守っていかなければいけないという重圧に押し潰されそうだった。
 父の仕事を引き継ぎ、保守的な親類一同に眉を顰められないよう毎日神経を磨り減らしていた。
 いい歳をして、逃げ出したいと何度も思った。泣き言をいえるような相手もなく、私は心身ともに疲れ果てていた。快活だった私の父があんなに痩せ、その日の朝まで何ともなかったのに突然死に至ってしまったのも、全てこの邸の所為だと恨みもした。
 若い当主と好奇の目で見られることにも慣れ、年齢も三十代を迎える頃、私の心の中は疲労と孤独、猜疑心と憎しみでいっぱいになっていた。
 それは木の洞に溜まったやにのようにどろどろとして到底振り払えるものではなく、私の体中に絡み付いて私は上手く笑えることもできなかった。
 そんな時、リオはこの邸にやって来た。
 絹のような小雨の降る夜に、門の外に捨てられているのを庭師が見つけた。孤児院に連絡をしようとする女中頭を止め、彼を知る人が現れて引き取りたいというまでうちで預かろうと言い出したのは咄嗟のことだった。
 恐らく私は、単に刺激が欲しかっただけなのだ。
 この邸を憎み、血を憎み、うつろな目で毎日を過ごす自分に、この邸に縛られることのない子供を入れることで何かが変わるのではないか、変わらないかも知れないけれど、変わるかも知れないという期待を持っている内はいくらか気が楽でいられる、そう思った。
 実際、リオは知る人の誰もいないこの邸でも無邪気に育ち、使用人が一様にして一歩引いた立場から私を敬うのとは違って、私によく懐いた。リオは人見知りをしない子なのかと思っていたが、顔面をぴりぴりと張り詰めさせた親類が邸にやって来ると鬼が来たとでも言わんばかりに怯え、私の背中に隠れてしまうほど、私を信頼して私を頼ってくれた。
 この子がこの邸を変えてくれなくても良いと、期待することを恐れていた私を変えてくれたのはリオだった。
 父を亡くし、この邸に入るためだけに近付いて来る女性たちに辟易し、他人を抱きしめる術を忘れてしまった私にリオは躊躇なく抱きついてきた。
 彼だってきっと、既に物心ついている時分に一人で雨の中を放り出され、怖い思いをしただろう。人に縋ることを止めてしまってもおかしくはない境遇にいた筈なのに、リオは私を信じ、歳を経ているばっかりにすっかり凝り固まってしまった私の薄暗い気持ちを呆気なく取り払ってしまった。
 リオは私の太陽だ。私を、永い夜から連れ出して、目を覚まさせてくれた。
「ご主人様、……ちょっと、……苦しい」
 夢中になってリオの髪に鼻先を埋めていた私の胸に華奢な手をつき、くぐもった声でリオは呟いた。その声に気付きはしたが、私はリオの躰を離したくなくなって更に腕の力を強める。
「痛い、……やっ」
 いやいやと首を振るリオの柔らかい髪の毛が私の頬を打ち、擽る。そこからまた立ち上ったリオの体臭が少し汗ばんでいることを知って、私は笑った。
「もー、……嫌なの。苦しい! ご主人様離して」
 私が戯れ付いているとでも思ったのか、リオの声も笑い、必死で腕の中から逃げ出そうともがく。私もムキになってリオの背中で結んだ自身の腕をきつく掴み直し、軽いリオの躰を左右に揺さぶるようにした。きゃあ、とリオの甲高い歓声が上がる。私も声を上げて笑った。
「リオ、今日は学校はお休み? ずっと邸にいられるのかな」
 リオが就学してからというもの、それまでは毎日私の傍で、使用人に言いつけられながら私の世話をしてくれていたリオがいなくなり、私の心は子供のように寂しがっていた。リオは学校から帰宅するなり邸とは関係のない友達ができたと話をしてくれて、それはそれで楽しい時間ではあったが、やはりこうしてリオの休みの日に一日中私の傍にいてくれることは心が弾むような気持ちだ。
「うん、いられます」
 丁寧語とそうでない言葉の入り混じった喋り口調は、未だに女中頭の顔を曇らせてはいたが私は一向に構わない。リオは私が雇ったわけではない。主人と呼ぶことすら、不自然に感じるほどだ。
「お友達と遊びに行く約束は?」
 邸の外で同年代の友達ができたことでリオの世界は広がり、時には休日もリオは外に遊びに行く用事ができた。そのことをリオの成長として受け入れられる自分と、素直に喜べない自分がいる。
 私を救ってくれたリオを、リオの好きなように伸び伸びと大きくなって欲しい気持ちは当然あるのに、一方でリオの存在に依存しているのだ。
「今日はご主人様と遊びます」
 知らず、私は不安そうな表情でもしていたのかも知れない。リオは私の腕の中でそう言って笑い、私の額に唇を付けた。
 ――私はリオを愛している。
 リオは私の恩人で、リオもまた私を恩人だと思ってくれているかも知れないが、私はリオにとって恩人以上に特別な存在でありたいと思う。
 そうでなかったら、リオはいつかこの邸から離れ、私のもとから去り、また私は太陽を失ってしまうだろう。
「どんな遊びをする?」
 リオの柔らかい唇を受けた私は首を竦め、自分の中に湧き上がる気持ちを振り払うように尋ねた。
 私が背中に回した窓からは相変わらず陽気な風が吹いていたが、リオの笑顔を前にしては本物の太陽も、私にとっては勝ち目がない。私がリオを愛すればこそ、リオのこの笑顔を曇らせないようにしなければならない。
「ご主人様とお話がしたい。……最近あんまり、ゆっくりお話できないから」
 この笑顔を守ろうと思った矢先に、答えたリオの表情が翳った。先刻まで笑っていたのに、不意に俯いてしまう。睫が頬に影を落とし、唇はきつく噤まれて桃色のつややかさを失くしてしまった。まるで本当の空のように、よく変わる天気だ。
「判ったよ、じゃあ今日はリオとたくさんお話をしよう。リオの聞きたいことは何でも聞いて良いよ。……その代わり、リオのお話もたくさん聞かせて。また私の知らないお友達ができたんじゃないかな? リオは可愛いから」
 実際、リオの周りには上級生の女の子が多く集まっているようだった。白い陶器のような肌に、柔らかい栗色の髪。大きな瞳で何でもまっすぐ見据えるリオはまるで人形のようだと人気があるのだろう。リオ本人の口からしか聞かないことだが、私には容易に想像がついた。
「うん、お友達はたくさんできたよ。……でも……」
 椅子に深く掛けた私の前に立ち尽くしたリオの顔は、ちょうど私の目の前の高さにあった。リオが私と話したいという希望を快諾すれば、またすぐにリオは喜んでくれるものと思っていたのに、まだその暖かい光は顔を覗かせてくれないようだ。俯いてしまい、私の僅か眼下に下がってしまった綺麗な顔を覗き込むように、私は首を傾いで彼の言葉を待った。
「うん? お友達と喧嘩でもしたの?」
 唇を尖らせるようにしてぴたりと閉ざしてしまったリオの言葉を促すように、優しく尋ねる。項垂れた首筋に指を掛けると、リオの肩がピクリと震えた。
「喧嘩はしてない、……お友達とは仲良くしてるよ。……でもね」
 首筋に掛けた手を上げ、後頭部からのなだらかな曲線を辿るようにしてリオの髪の上を撫でた。そうすることで、リオが少しでも落ち着くように。でも、でもと逆接詞ばかり続けるリオが、何か言い淀んでいることは判った。何か彼にとって重大な相談事でも抱えているのかも知れない。だからこそ、話がしたいなどと言ったのか。
 リオが安心して私に話を打ち明けることができるように、私はそれ以上話を促すことを止めた。ただ黙って、リオの髪を梳く。何時間でもそうしていられると思った。
「でも……」
 リオが、鈴が震えるような声で呟く。私の胸の上に置いた手で、ぎゅっと私の寝間着を握り締めた。
「ぼくは、ご主人様が一番好きなの」
 そう言うなり顔を上げ、リオは再び大きな瞳に涙を滲ませて縋り付くように私を見た。思わず、彼の髪を撫でる手も止まってしまうほど唐突な告白だった。
「だから、だから、……お友達がたくさんで嬉しいけど、ご主人様と遊べないのは寂しい……。お友達、より、ご主人様のほうが、好き……」
 ただ目を瞬かせ、リオの顔を凝視してしまった私の反応に不安を覚えたのか、リオは徐々に語尾を小さくして再度俯いてしまった。
 リオの友達の話を聞くたび、私が常々友達を大事にしなさいと言っている所為で、リオは友達よりも私を大事だということがまるで悪いことのような気でもいるのだろうか。そんなことで彼が思い詰めているとは知らず、私はどんな相談事なのかと待ち構えていた分、拍子抜けしてしまった。
 しかし、涙を浮かべるほど必死になって縋り付いているリオを目の前にして笑ってしまうことも出来ない。私は、リオの髪の上の掌を滑らせるとリオの頬を抱いた。そっと顔を上げさせて、濡れた頬の上に唇を落とす。
「ありがとう、とても嬉しいよ。私もリオが一番好きだ。本当に、時々リオのお友達にやきもちを焼いてしまうこともあるくらいだよ」
 これは正直な気持ちだった。こんなことを言っては笑われるかも知れないと恐れていたことを言うことが出来て、また一つ、リオに救われた。
「……本当に? どれくらい、好き?」
 頬に口付けられたリオが瞬きをすると、涙が一粒、頬を落ちた。私は唇を窄めるとそれを途中で吸い上げて、リオと額を合わせる。
「たくさんだよ。リオよりも、たくさん」
「たくさんって、どれくらい?」
 私の答えが気に入らないのか、拗ねたように唇を尖らせるリオの鼻先に私の鼻を摺り寄せる。リオは擽ったそうに身を捩り、少し笑いを堪えているような表情を浮かべた。
「リオが私を好きなのよりも、十倍くらいかな」
 リオを好きだと口にすると、少なからず私の胸は鼓動を早めた。リオはそうと思っていないかも知れないが、私のリオに対する気持ちはひどく淫らな妄想を纏っている。腕の中に抱いた柔らかい体を、どうにかしたいという欲望が胸を突く。
「じゅうばい?」
 視線を伏せた私の顔を、リオは間近でしげしげと見つめた。
「リオが私を好きだと思う気持ちが、十個分ということだよ」
 吐息がかかるほど顔を近くに寄せたまま答えると、私は顔を傾け、リオの唇にそっと触れた。柔らかいリオの唇は、さして驚いた風もなく私の口付けを受け、逃げようとはしなかった。
「……私を好きだと言ってくれるリオが十人いて、ちょうど良いくらいかな」
 唇の表面を押し付けてからすぐに離し、私が自分の行いを笑うように言葉を吐くと、リオはすぐに首を左右に振った。
「ぼくが十人もいたら、ご主人様の取り合いで喧嘩になります」
 ぎゅうっ、とリオの私を掴む手が更に強くなった。自分が独り占めをするのだとでも言い出しそうな剣幕で、必死に詰め寄る。私はリオの滑らかな頬を指の腹で撫で、再びその唇を短く吸った。
「そうか……残念だな。私はリオが十人もいたら、今日はあのリオ、明日はこっちのリオ、一人は学校に行っていて、一人はお友達と遊んでいても、十人の内一人くらいはずっと私の傍にいてくれるリオがいるかも知れないから、たくさんいてくれた方が良いんだけどな」
 ふっくらとした下唇を吸ってからすぐに離すと、リオの唇はぷるんと震えて濡れたように赤さを増した。その上を更に舌先で舐め、私は間近の大きな瞳を窺うように見た。
「だめ。ぼくが、ずっとご主人様の傍にいるから、ぼく以外の人と遊んだら、だめ」
 他愛のない冗談を言ったつもりだったのに、リオは必死になって顔を顰めた。小さく首を左右に振り、私の首筋に顔を埋めてしがみつく。暖かいリオの体臭が、また私の鼻を擽った。
「私の傍にいてくれるリオも、邸の外に遊びに行ってしまうリオも、みんなリオだよ」
 少し意地悪をしてやりたいような気持ちに駆られた私が言葉重ねると、リオは私の首に顔を埋めたまま無言で強く首を振る。強張った全身は、今にも本当に泣き出してしまいそうで、私は小さく肩を竦めるとやりすぎた自分を反省した。
「大丈夫、……ほら、私の大事なリオは一人だけだから、私は全部リオのものだよ。そんなにしがみつかなくても、他に誰も盗らないから安心して。……可愛い顔を見せて、リオ」
 力の入った背中を宥めるように撫で、首筋に置かれたリオの髪に頬擦りをすると、リオはゆっくりと私の体から身を離した。意地悪をされて拗ねてしまった顰め面に、再び唇を寄せる。口端から丁寧に、何度にも分けて啄ばんでやるとリオは顎を上げて瞼をうっとりと落とした。
「ご主人、……さまッ……これ、好きって、こと……?」
 口付けの合間に言葉を紡いだリオの声は、私にはひどく艶かしく聞こえた。何度も口付けされる所為で、呼吸が上手く出来ないのだろう。そのために弾んだ吐息が、そう感じさせるのだ。
「そうだよ」
 顔を反対側に傾けて、今度は上唇を端から舐める。リオは薄く唇を開き、熱い息を漏らしながらぶるっと身を震わせた。
「じゃあ、もっとして……ぼく、ご主人様のこと好きだから、もっといっぱい、したい」
 リオの華奢な腕が私の首に回った。口付けを解くことを許さないとでも言うような仕種で。私はリオの言葉に小さく頷き、腰に掌を滑らせると椅子の上の私の膝にリオを抱き上げた。私の躰を跨ぐようにしてリオは易々と私の上に乗り上げ、自分から首を傾いでキスを強請る。私は思わず、喉を鳴らして生唾を飲んだ。
「ご主人様、好き……ぼく、ご主人様のこと大好き。……もっといっぱい、好き、して」
 赤く熟れた実のように、濡れた裂け目から甘い匂いを放つリオの唇に私は舌を差し入れた。リオは一瞬驚いたように膝を縮めたが、私がリオの舌を突付くようにして舐めるとすぐに擦り寄ってきた。
 リオのあどけない小さな舌に、私の唾液を満遍なく塗すようにして舐める。まだ何も知らないリオにいきなりこんなキスをすることは早いかも知れないと思ったが、リオは大きく口を開いて苦しげに息を吐きながら、何とか私に応えようと舌を伸ばしてきた。
「はぁ……っふ、ン――……ぁ・んふ、ぅ……っン……」
 鼻を鳴らし私の与えた唾液を喉の奥に流し込みながら、ねちねちと漏れる水音に戸惑いもせずリオは私の首をよりいっそう強く抱きしめる。リオの甘い唾液を、私が音を立てて啜り上げると、リオは背筋をぶるっと震わせた。
「ぁ……ご主人様、もっと、……もっと」
 熱っぽい口付けに糸を引くほど濃くなった唾液は絡まりあい、もはやどちらのものか判らなくなっていた。私の首を引き寄せるリオが私の胸にその小さな躰を摺り寄せ、密着していると、私の股間はどうしようもなく滾ってきてしまった。
「んン、ぅ……ぁふ・んぅ、ン……ご主人様、……なんか、お尻の下……ン、もぞもぞ……する」
 膝の上に乗ったリオが、座り心地を確かめる時のように腰を揺らしながら言うと、私は思わず苦笑した。寝間着の中で隆起した私のものは、リオが上で身じろぐたびにその小さな尻を突き上げてますます体積を増している。私はリオの濡れた唇を優しく食みながら、逡巡した。
「うん、……私のおちんちんも、リオのことが好きで、大きくなっちゃったんだ」
 我ながら拙い弁明だ。どうせ暫くそうしていれば、勝手に弾けて寝間着を濡らしてそれで終わりかも知れないし――そうはならなくても、リオが離れてくれればそのうち収まるものではある。さてどうしようか、と次の言葉を考えている内に、リオは長い睫を瞬かせて――あまり近くに寄った顔でそれをされると、私の瞼を擽られて思わず笑ってしまいそうになる――当然の名案のように、口を開いた。
「じゃあ、おちんちんにも、好きのキス、する?」