夏合宿(5)

 泣いているような声だった。
 振り解く必要なんかない、先輩を嫌いになったわけじゃない。俺が勝手に先輩を神聖視して、勝手に欲情して、勝手に裏切られただけなんだから。
 俺は先輩に手を握らせたままその場に腰を屈めて先輩の次の言葉を待った。
 トレーニングルームの窓の外で涼しげな虫の声がする。後できちんと換気をしておかないと、きっと匂いが篭って明日の朝大騒ぎになるだろう。
「一人で……」
 俺がしゃがみこんでもまだ、先輩は俺の手を握ったままでいた。
「一人で、……偶に、その……」
 先輩の話は要領を得ない。何を言いたいのかさえ検討がつかなかった。こんな喋り方をする人だということも知らなかった俺は、何を見て先輩を好きだと思っていたのか判らなくなってきた。今なら判るけど、今判ったって遅い。
「偶に、自分で尻を弄っていたから、だから……経験があると思ったんだろう?」
 よく見ると、先輩の肩も震えていた。こんな話をすることを恥じているのか。無意識にそれへ手を掛けると先輩は飛び上がるほど驚いて、顔を上げた。
「したいと、思って……、……自分がホモだって判って、男としたいと思って……でも相手もいないし、好きな奴なんか出来ても、出来るわけないし……だから、一人でする時に、……自分で、弄ってた……」
 一度上げた顔をゆるゆると伏せながら、何度も口を無駄に動かして先輩は絞り出すような声で告白した。話だけ聞いたらそんなこと俄かには信じない。でもそれは俺がまだ彼を神聖視している所為かも知れないし、現に眼の前で羞恥に震えながら訴える先輩を見ていたら信じずにはいられなかった。
「だから、誰かとしたことなんかない…」
 先輩は自分の性癖を告白している内にまた興奮を覚えたのか床に伏せた足の間の肉棒を僅かに擡げていた。
 何て言って良いのか判らない、喜ぶことなのかそうじゃないのか、詫びるべきなんだろうけど何から詫びて良いのか判らない。
 俺が言葉を失っていると先輩の手が俺を解こうと力を緩め始めた。その時、廊下に人の話し声が響いた。
「……!」
 反射的に、半裸の先輩をベンチの奥に押し込めるように体を重ねる。
 話し声は風呂場から戻ってきた他の一年のようだった。何時まで経っても浴場に向かわない俺をやっぱりあいつも逃げ出したんだと噂話でもしているんだろうか。
 廊下が元通り静まり返るまで、長い時間は掛からなかった。三年生や二年生はもう寝ている時間なのかもしれない。
「……」
 壁に不自然に押し付けられた形の先輩が俺の顔をじっと見ている。視線がかち合った。謝らなきゃという焦りが、胸の奥に消えていく。
 どちらともなく目蓋を伏せると、唇を寄せた。直ぐに先輩は舌を差し出して俺の口内を求めてきた。唇で優しく食みながら舌先をあやすように絡め取る。
「ふ・ぅン……、ん、んん……」
 鼻腔から甘い声を洩らして先輩は俺の首に縋り付いた。
 水分が足りない足りないと思っていても、唾液が次々溢れ出てくる。先輩の涎を吸い、俺の物を混ぜて先輩の咽喉に通らせる。唇を重ね直す度に粘着質の水音が室内に零れた。
 先輩の股間に手を伸ばす。ぴくんと顎を跳ね上げて反応しただけで、先輩は直ぐに俺の手淫を求めるように腰を突き出してくる。
 唇を掬い上げるように吸う。先輩の息が熱くなってきた。
「ん、ぁふ……ッ、瀧沢、もっと……もっと・して……」
 糸を引きながら口付けを解くと蕩けるような眼で先輩は俺を欲しがる。首筋に頬を擦りつけて甘える仕草を見せながら俺の背中に弱い爪を立てて。
「先輩、俺が先輩のこと好きなの……知ってました?」
 幹に指を滑らせながら親指の腹で鈴口をクチュクチュと責める。細切れの声を上げて背筋を震わせながら先輩は俺の言葉に何度も肯いた。
 知ってたのか……。何だか居た堪れない気持ちに覆われながら顔の脇の先輩の耳朶に舌を伸ばす。外溝を擽って上げると先輩は咽喉を晒して喘ぎ、とっぷりとカウパーを零した。亀頭を責める指がしとどに濡れていやらしい音が大きくなった。
「瀧沢に、……っしてもらいたいって思ってた、だから、……部活、辞めて欲しくなかったし……ずっと、瀧沢のこと考えて尻弄ってた・し……ッ、ンっ……!」
 先輩は耳に歯を立てると膝をばたつかせて、いやいやと首を振りかぶりながら俺の手の中で呆気なく果ててしまった。感じやすくなっていたんだろう、さっきは尻でしかイけなかったから。
「……あの、ごめんなさい……、……酷いことして」
 俺の胸に縋り付きながら、俺にされるまま残った精液を搾り取られながら先輩は呼吸を整えている。抱きしめる腕に力が篭った。
「……痛かったですか?」
 手の中にどろりと流れるザーメンを掬うように取り上げる。先輩の背後でそれをそっと舐めた。絞り立てとは言えちょっと物足りない気もする。でも、きっとまた咥えさせてもらえる機会もあるんだろうと思うと幸せだった。
「死ぬかと思った」
 先輩の声から甘さが抜け、低められる。叱られているようで、俺が身を強張らせると先輩は俺から体を離して笑った。
「気持ち良くて、死ぬかと思った」
 昼間、岩崎先輩に向けられた笑顔なんかよりも数倍も可愛くて、今度は俺が死にそうだった。
 暫く見惚れていたんであろう俺に先輩は唇を付けると、体液で濡れた体を見下ろして首を竦める。
「風呂入ろうか」
 重い腰を壁に凭れながら上げて、先輩がトランクスを拾い上げる。明日も練習はあるのに……
 今夜は、長い夜になりそうな気がした。