登校日(1)

「あー、もう達哉のおかげで遅刻だろー? 寝坊すんなよ」
 やたらとジリジリ照りつける太陽の下、地面に落ちる濃い影を蹴りつけながら清臣と達哉は学校までの長い下り坂を駆け下りていた。
 夏休みの途中に二日ほど設けられた登校日。強制参加とは言われていないが、夏休み中も殆ど部活で登校を続けていた達哉は清臣を当然のように誘った。クーラーのきいた部屋でのんびりとテレビを見たりゲームをし、宿題を申し訳程度にやりながら夕方になると帰ってくる達哉を待っているような生活を送っていた幼馴染の清臣は最初嫌そうな顔をしたが、最終的には渋々頷いたのだった。
 誘ったのは達哉の方だったのに、よりによって今朝に限って寝坊した。登校日だからという理由で朝練がなく、いつもよりゆっくり眠れるから油断した。はす向かいに住んでいる清臣の大きな声で起こされた達哉の髪にはまだ寝癖がついていた。それを精一杯撫で付けながら、学校の門まで全速で走る。
「ちょっと、達哉早いよ! 何で俺が起こしてあげたのに俺の方が遅れて行かなきゃいけないんだよ!」
 息が上がって嗄れた悲鳴のようになった清臣の声が後ろから追ってきた。慌てて達哉は後ろに体重を掛け、速度を緩めた。
「もー、……あちィ……」
 ゆっくりと清臣の足音が近付いてくる。昔から、清臣は達哉の後をついて歩いてきた。小さい頃から活発で外を遊ぶことが何より好きだった達哉と違って、清臣は内向的で友達も少なく、下手して転んだりしようものならこの世の終わりだというほど泣き喚いて、幼稚園に上がった頃の達哉には清臣が鬱陶しいと思ったこともあった。そんなに部屋に篭っているのが好きなら、その辺の女子と一緒におままごとでもやっていたら良いのにと何度も思った。しかし、いくら日に当たっても赤くなるばかりでいつまでも生っ白い清臣が、達哉に置いて行かれたら死んでしまうのではないかというくらい必至についてくる姿を見ている内に、いつの間にか達哉も清臣がついてこない背中を寂しく思うようになっていた。
「何で夏休みに登校日なんてあるんだろ……冬休みで良いじゃん……」
 素肌に纏った白いワイシャツを太陽の光にキラキラさせながら走ってきた清臣が、唇を尖らせて文句を言う。立ち止まった達哉の隣まで来ると、膝に手をついて背中を大きく上下させた。その肌にワイシャツが貼り付くが中の肌も白いのであまり肌色が透けているという感じはなかった。
「冬休みは短いだろ。……ってか冬は冬で寒いとか文句言う癖に」
 清臣が追いついたのを確認してから、達哉はまた足を進めた。膝を抑えて息を切らしていた清臣が慌てて追いかけてくる。
 この高校への進学を希望したのも、達哉が先だった。陸上で有名なこの男子校に入りたいという希望は中学二年の頃から決まっていたのだが、一方で有名進学校への推薦を奨められていた清臣への配慮で達哉は願書を取り寄せる直前まで、清臣に高校の話を振れずにいた。
 清臣が、自分と同じ学校を希望することは多分間違いないと思っていた。しかしそれは決して清臣のためになるものじゃない。人それぞれ得手不得手があり、自分にとってはそれが棒高跳びで、清臣にとっては勉強なのだ。自分だけがやりたいことを出来る学校に進んで、清臣にレベルを下げさせることはしたくなかった。学校が別々になっても逢えなくなるわけじゃないし、休みの日はいくらだって一緒に遊ぶことが出来るのだから。
 しかし、願書を提出する日まで清臣は達哉に高校の話を何も聞いては来なかった。いつでも清臣を説得できる腹積もりでいた達哉は拍子抜けして、自分から恐る恐る、清臣がどこの学校を希望しているのか尋ねてみた。 
 きょとんとした清臣は、そんなことを尋ねる達哉がおかしいという風に、陸上競技で名の売れたその高校の名前を口にした。
「だって達哉が行くとしたらそこしかないじゃん」
 してやったりという風もなく、さも当然のことのようにそう続けただけだった。有名進学校はいいのか、と尋ねる勇気は、達哉にはなかった。そんなことを言ったって、清臣の答えは判っている。
 そこに達哉がいないなら意味がない、清臣はいつもそう言って屈託なく笑うのだ。