僕と君だけの世界(6)

 前回も連れて行かれたホテルに入り、僕はコートを脱いだ。武田はまたビールを飲むのかと思っていたのに、今日はすぐに後ろから抱きつかれた。僕の時間制限を気にしているのだろうか。
 僕は武田のことをぼんやりとしか覚えてないと思っていたのに、記憶は僕が思ったよりもずっと鮮明に残っていたようで、制服を脱がす仕草も口付けの回数も、武田の行為がまるで肌に馴染んだいつものことのように感じられた。実際はまだ今日で二度目なのだし、していることは他の男としているのと変わらないのに。武田が二度目の客だからそう思うのだろうか。そうではないと思いたい気がした。
 武田が僕の躰を愛撫している途中で時計は七時を回った。ベッドの上に縺れ込んだのが六時半近く、武田の前戯は前回よりも若干執拗だった。しかしそれが嫌な感じじゃない。
 武田は僕の肌に溺れるようにして荒い息を弾ませていた。硬く尖った胸の突起を甘噛みしながら僕の下肢に武田の性欲を擦り付けられている。そこでイきたがっているのかと思うくらい、武田は僕の肌の表面を先走りで汚した。そこじゃなくて、もっと中に入ってきて良いんだよと僕に言わせたいんだろうか。武田にそういう趣味はないと思っていたけど、一度寝たくらいでは判らないことだってある。
「武田、……さん」
 武田の指が僕の脇腹を掠めるとそれだけで背筋に痺れが走ったように震えてしまう。室内にいるのに、外に立っていた時よりも鳥肌が立って、堪らない。
 僕がうわごとのように武田の名前を呼ぶと、武田が上目に視線を上げて僕の顔を伺う。武田は僕とは違う、もっと質の良い人生を歩む人だと感じている。そんな人間が僕の躰に執着するように鼻先を擦り付けているのが不思議で、何だか可笑しかった。
「もっと、中に……」
 入ってきても良いんだという言葉を僕は飲み込んだ。入ってきて欲しいのは僕の方じゃないのか。武田が欲しい。
「瑞帆くん?」
 意識してしまうと、肉棒を擦り付けられた腿が熱くて、そこから広がった熱で躰が焼け付きそうだった。もどかしくて、躰の芯が切なくて、僕は泣き顔になるのを覆い隠すように額に腕を乗せた。その腕を武田の手がゆっくり引き剥がす。意地悪をしたいのかと思ったけど、そうじゃなく、武田はそのまま僕の躰を反転させてベッドにうつ伏せにさせた。
 確かにこうすれば挿入は易いし顔も隠せる。でもこれじゃ武田の顔を見ることが出来ない。
 擦り付けていた腰を引いて、武田は僕の双丘に躰をずらした。腰の下に手を入れて抱え上げるとそっと指を這わせた蕾に舌をあてがう。
「――・ッ……、武田、さ……」
 武田の名前を呼ぼうとした喉が引っ付いてしまって、短く息を飲むだけのような声になってしまった。枕に埋めた顔を上げ、喉を逸らす。武田の滑った舌は、僕の蕾を濡らして解そうとしているというよりも熱で溶かしてしまおうとしているんじゃないかというくらい熱かった。火傷しそうで怖くて、菊筋の収縮が大きくなる。その収縮の合間に、拡がった瞬間を狙ったように武田は僕の中に舌を侵入させた。
「ぁ、……や、っ」
 別に初めてされることでもないのに、僕は思わず腰を引いて甲高い声を上げた。武田の躰に欲情するのが恥ずかしい。与えられる刺激は僕の躰がもう既に知っていることなのに、それ以外のところで僕が感じてしまっているからだ。
「ん、んぅ……、ふ・……武田さ、ぁ……っ」
 逃げた腰を武田に掴まれて引き寄せられると、僕は堪らずに尻を振った。胸が詰まる。唾液で蕩けた躰に、痛いくらいの刺激が欲しい。奥まで襞をもみくちゃにして欲しい。
 僕は尻穴に肉棒を突き刺されて感じた事なんて一度もない。内側から擦られる前立腺で射精するだけで、でも僕を征服しようとするお客さんのために僕は尻を犯してくれと言ったり、粗末な性器を突き刺されて痛いと叫んだり抵抗して見せたりもした。僕は多分他人に征服されることが嫌いじゃないんだろう。虐げられたって構わないんだろう。だけどそれで何かを感じる訳じゃない。まして、そうされることが好きな訳じゃない。
「そろそろ、……入れて平気?」
 顔を上げた武田の口許が唾液で汚れている。僕は躰を捩って腕を伸ばし、それを拭った。その手首を掴んだ武田が僕の体勢を仰向けに直してくれる。張り詰めて、自身の腹を打つ肉棒同士を重ねるように躰を合わせる。武田のものは相変わらず胴回りが太くて、だから意地悪なまでに双丘を濡らしてくれたんだとは判ってるんだけど、僕は武田の舌でイきそうになるのが怖かった。相手に貶められるセックスなら怖くない。でも、僕が武田の躰に溺れてしまうのは怖かった。
「ヒ、……ぅ……ん、んん」
 背後に肉棒の尖った先端を擦り付けられただけで、僕は背を逸らして声を上げた。それが恥ずかしくて顔を背ける。晒した首筋に武田が唇を落とした。客の中で、首にキスマークを付けようとする人がいるから本当はして欲しくないことだけど武田なら安心できた。
「あ、――……、ア、や・ぁ、あっ、……あ・ッ……」
 武田は亀頭を静かに潜らせた後、それに続く幹を容赦なく一息に突き進めた。本来の目的ではない箇所にこんな太い性器をねじ込むのだから、苦痛を覚えないわけはない。それなのに、僕は内蔵を押し上げる武田の凶器を締め上げて、貪るように腰を振った。前立腺だけじゃなく僕の尻穴の全てを、腹の内側をたっぷりと、武田に汚されたがった。
「瑞帆くん、……っ……ぅ・あ……ァ、凄いね」
 武田のくぐもった声が僕の耳から侵入してきて僕の脳を犯す。僕は目蓋を閉じてしまわないようにするので精一杯で、演技をする余裕もなくなってしまっていた。目を閉じてしまったら、武田の表情を見ることが出来ない。
 締め付けた僕の肉襞に先走りを塗すように丁寧に抜き差ししたかと思うと次の瞬間には僕の躰の最奥を穿り返すように乱暴に、武田は激しく腰を使った。僕の喉を泣き声のような嬌声が通り過ぎていく。武田の背中に腕を回してしがみついていないと、どうにかなってしまいそうだった。
 武田の男根に限界が近付いてきている。突き刺された肉棒に螺旋状に絡みついた血管が力強く脈打っているのを、腹の奥で感じる。心音を共有しているような感覚に捕らわれた。武田の躰との間で白く濁り始めたカウパー液を迸らせている僕と同じように、武田にも射精の時が近付いている。
 僕はこの時が一番好きだった。どんな人間もこの瞬間には皆一様に獣に近付く。僕の事なんてどう扱っても良い。本音も建前もない。僕も相手も何も考えない。武田だって僕の顔を伺う回数が極端に減ってきた。それで良い。僕は「僕」じゃなくて武田にとっての快楽の穴に成り下がって、武田は僕を抱いている事なんか忘れて純粋な快楽に飲み込まれる。
 武田のような人だって僕の位置まで落ちてくる、この瞬間が僕は大好きだった。
「……ッく・……ぅ……! イク、……イくよ」
 武田が絞り出すような声で言った。僕の手を握る。打ち付ける腰を一番深い場所で止めて、大きく痙攣させた。苦しそうなのに恍惚としたような、無防備な表情が僕の目前に晒される。僕はその顔に触れたくなって、握られた手を解こうとした。熱い武田の指に冷たいものが入っている。
 指輪だった。