knocking on your door・Ⅲ(2)
俺なりに考えてから口に出してみたものの、やっぱりこの質問はまずかったかと、すぐに激しい後悔に苛まれた。
答えたくなかったら「さぁな」も可だ、そう続けようとした時、俺の唇をミズノが掠め取った。
「平気だよ」
そう言って、今まで俺が見たこともねぇようなカオして笑う。
何だ、俺にどうしろってんだってくらい、無邪気――というのとも違う、俺らしくもねぇ、胸の鼓動が早くなるようなカオだ。
「ねぇ、斉丸」
俺が絡め取ってやった指を強く握り返しながら、ミズノは言う。
「俺のこと、好き?」
何で何回も訊くんだ、この人は。
答えが変わってないことを確かめるためなのか?
女じゃあるまいし、くだらねぇな。
「ああ、好きだ」
こんなことは口にするたびに意味を失っていくのに。
「ホントに?」
何が可笑しいのか笑いながら、ミズノは訊き返す。
「この俺にそんなことを聞いて、答えを疑うなよ」
昔は何とも思ってねぇ女にも好きだの何だのとぺらぺらの言葉を重ねて押し切るようにして抱いたりしたし、ミズノにはまだ数える程度しかこんなこと言ってねぇ。
それがどういう意味なのかとかよくわかんねぇけど、単に男と女の違いってだけでもねーのかな。
女に好きだって言うのは簡単で、自然だ。
腹が減って吉牛に入って、弁当か店内かを悩むほども躊躇しない。
俺はミズノをどう思ってるのか、正直よくわからねぇ。
好きだ、と言えばそういう気もするし、違う感情だと言えばそういう気もする。
「俺は斉丸が好き。斉丸のすべてが好き。だから」
そんなこと、よくもまぁ恥ずかしげもなく人の目ェまっすぐ見て簡単に言えちゃうもんだ。
言われてるこっちが恥ずかしい。
「だから斉丸に抱いて欲しいと思うんだ。セックスじゃないことでこの気持ちを、この欲望を満たすことができたらいいのにって、本当は今でも思う」
セックスを強要されていたというミズノ。
俺にはそれを観念でしか理解することができない。
俺が思ってる以上にそれは辛く苦しいものかも知れねぇし、思ってるほど大したもんでもないかも知れない。
そんなに嫌ってほど赤の他人に犯されてきて、そっから逃げてきた先で、何で俺なんかに抱かれたいと思うんだ?
「こうして」
と、ミズノは俺の背中に手を回した。
――まただ。
この、染み込んでくるような感情は何だってんだ?
「こうしているだけで気持ちが鎮まるならどんなにいいだろうって思うんだ」
気持ち。
ミズノの言う「気持ち」って俺は、「好き」ってヤツか?
「だけどこうしてると、斉丸にキスしたくなっちゃうんだよ」
そう言ってミズノは、俺の耳朶に唇を押し付けた。
「キスをしたら、斉丸にもキスをして欲しくなる」
何だ、どさくさに紛れてリクエストかよ?
十年早ぇっつーの、と思いつつも俺が最初に言い始めたせいだから、仕方なく唇を重ねる。
ミズノは肩を竦めて擽ったそうに笑った。
「キスも、昔は大嫌いだったんだ」
押し付けるだけのキスを離した後で、視線を伏せたミズノが呟くように言う。
キスした直後にその唇で言うようなことかよ。萎えるわ。
「斉丸は、初めて会った人間、それも金で人を言いなりにするような人間に、ねっとりとしたキスをされたことがある?」
俺はやっぱり、こいつに言わせちゃいけないことを言わせてるんじゃないのか?
そんな気が、してきた。
「締まりのいい穴に欲望の塊を突っ込んで他人を服従したいだけなら、ただそうしてればいいのに、キスにはいったい何の意味があるのか、俺には判らなかった。今でも判らないけど」
ミズノは一旦言葉を切ってから、再び、まるで息継ぎでもするかのように俺にキスをした。
「斉丸はどう思う?」
キスって?
そんなこといちいち考えねぇよ、と返そうとして、じゃあ何で俺はセックスの意味をミズノに聞いたりしたんだ、と思って踏み止まった。
「……さぁ、……」
どうかな、と足りない頭で考える。
「今まで女の人にキスしたことあるでしょ」
そりゃある。
「そのキスと、俺にするキスは同じ?」
違うって言って欲しいだけだろ、と呆れそうになって、俺は少し考え込んだ。
例えば俺の顔を覗き込むミズノがあまりにも無防備だったりすると、キスしちまうぞこのヤロウ、って気になる。
セックスの最中に俺の歯止めが利かなくなっちまって、ミズノが苦しそうにしてると申し訳なくて、結局俺もこいつに苦痛を与えてるんじゃねぇかって心配になって、キスをしてやる。
「俺、斉丸にはキスしたいし、されたい。意味は判らないけど、斉丸の唇が俺の体のどこかに触れると幸せっていう気分になる」
穏やかな表情をしてミズノが笑った。
――『幸せだから、斉丸。一緒に、死のう』
そう言ったミズノの表情は、あの時、俺には見えなかった。
振り向く勇気がなかった。
あの時俺は、怖いと思った。
俺の知らないミズノが。
俺が幸せにしてやる、そう言ったけど、俺は今でも怖い。
いつか俺は、あんなのは嘘でした、と言う日が来るかもしれない。
その時はミズノに殺されるかもしれない。
それはいいんだ。殺されることが怖いわけじゃない。
俺がアンタを幸せにしてやる、そう言ったことを取り消すのが、怖い。
「胸がね」
ミズノは黙った俺の首筋に額を摺り寄せて、幸せそうに続けた。
「胸が、きゅんってなるんだよ、本当に。漫画みたいでしょ。判る? 斉丸」
そう言って笑うミズノ。
あんたが幸せならそれでいい。
あんたが笑えてるならそれがいい。
だけどあんたの相手がどうして、俺なんだ?