LEWD(11)

 辞令の件で眠気も覚めるかと期待したのだが、効果はなかった。ディスプレイの上のデータを見ていると気が遠くなりそうな感覚に襲われて目を擦り、眠気覚ましにコーヒーを飲んでみても集中力は取り戻せそうになかった。今更頑張ってみても異動は決まってしまったんだと投げやりになれる性格なら、どこかで居眠りもできたのかも知れないがとてもそんな風には生きられない。そしてそんな私だから若林も吉村も私に本当のことを伝えたに違いないのだ。
 亀の歩みで今日の仕事を終え、席を立つ頃には疲れもピークだった。吉村が私の様子を見て駆け寄ってくる。お疲れ様です、という決まり切った文句にも、今日は心の底からお疲れ様と返すことが出来た。吉村だって疲れていないわけではないだろうに、いつも通り人当たりの良い笑顔で退社の挨拶をして並んで会社を出た。
 今朝一緒にラッシュに揺られた電車を、帰りも一緒に乗り継いで私の家に帰る。何だか異様な感じに捕らわれて、私は鼻の頭を擦った。考えてみればもう二十四時間以上も吉村と同じ空気を吸っているのだ。
 マンションについて吉村を部屋に通すと、昨夜の痴情の跡がまだ残っていた。塵紙は散らかったまま、ベッドの上のシーツは乱れたまま、割れたガラス、飛び散った体液とワイン。部屋に籠もった臭いも全て、吉村と私がそれだけ獣じみた性交を繰り返したかを明確に遺していた。
 換気を回して取り敢えずコーヒーでも淹れようとする私を置いて、吉村は部屋の掃除を始める。辞令のことで話でもあるのかと思っていたが、この部屋の惨状を直すためについてきたようだ。その背中を呆然と眺めながら、私は吉村が女性だったら結婚を考えただろうかと馬鹿げた想定をした。
 答えを算出するのに時間は要さなかった。答えは否だ。彼が女性だったらこんな風に抱くこともなかっただろう。
「吉村、コーヒー淹れたよ」
 フローリングを拭き掃除までしてくれた吉村に声を掛けると、主人に呼ばれた犬のように吉村が顔を上げる。おいで、と言うと走ってきそうだった。口笛でも呼べるかも知れない。
「気にしなくて構わなかったのに、……すまないね」
 綺麗になった床の上をそっと歩いてリビングへコーヒーを運ぶ。吉村は昨日座っていたように床に腰を下ろしていた。
「いえ、あの……すいませんでした」
 私はパソコンデスクの脇に立って煙草に火を点ける。今日は煙草を吸うタイミングのよくずれる日だ。人と時間を共有するということはそういうことなのかも知れない。
「何が?」
 灰皿に煙草の灰を落とすと、その中の吸い殻も綺麗になっていた。几帳面なことだ。かえって申し訳なくなってしまった。
「今日、……お疲れだったでしょう、……昨日、疲れさせてしまって、……その」
 吉村は床に視線を這わせながら言い難そうに応えた。昨日の今日で照れくさいのかも知れない。一度正気に戻ってしまったから照れくさいというのは判らないでもない。
「お前だって疲れたんじゃないか、私ばっかりを年寄り扱いするなよ」
 冗談半分に返しながら私がパソコンの電源を入れると、吉村が顔を上げた。
「あ、……すいませんでした」
 謝るということは私を年寄り扱いしていたことを認めるんだな。私はただ苦笑を漏らした。年寄りなのは確かだ、仕方がない。
「おいで、吉村」
 私はメーラーを立ち上げて、床の上の吉村に手を伸ばした。
 lewdからのメールをクリックする。吉村との一夜を過ごした後、lewdのペニスは最初に見た時ほどの衝撃は薄れたように感じた。ただその時とは違った思いが色濃くなる。初めて見た時はこの写真に漠然とした欲望を感じた。何枚も重ねられたペニスの写真。亀頭から滲み出るカウパー液。無防備な股間を晒して犯して欲しいと願うlewdの欲情に、私はただ触発されただけだった。しかし今は違う。吉村を組み敷いて性器を吸い、尻穴を穿り返した。lewdの求める行為を吉村にしたのだ。lewdのされたがっている淫らな行為を具体的に感触として知ることが出来た。彼を犯したいと、以前より強くそう感じる。
「lewd……ですか」
 私が腰を引き寄せると、吉村は恥じるように恐る恐る私の躰に近づいた。珈琲を持った手に私の掌を重ねてカップを取り上げ、パソコンデスクに預ける。空いた手を私の唇に運ぶと、吉村は背筋をぴくりと震わせてから小さく吐息を吐いた。
「……こんな悪戯メール……、これは梶谷さん宛なんですか?」
 ブラウザに広がる局部の画像。吉村は無意識に食い入るように見詰めている。私は吉村の指を舌先で舐りながら、腰に滑らせた掌を吉村の小さく震えている股間に回した。
「……ッ、ぁ・梶谷さん……」
 諫めるような、しかし弱い声。私はパソコンデスクと私の躰の間に挟んだ吉村のシャツを引き上げて脇腹に唇を這わせた。
「や……っ、ア・駄目……駄目です、ッお疲れなんですから……」
 そう言いながらも瘡蓋の残った乳首まで唇を運んでいくと、吉村は私の頭を抱いて押し付けるようにした。lewdの前で吉村を犯してみたくなった。勿論そんな体力はもう残されていないのだが、興奮している気持ちは私も吉村も同じだろう。
「かじ・……谷さ、ァ……っン……!」
 腰を揺らめかせながら、敏感な乳首をこりこりと舐められた吉村は甘い声を漏らした。
 吉村の躰から私と同じ石鹸の匂いと、発情の濃い香りが立ち上る。こんな香りは吉村のリサーチに余念がない女子社員も、係長も誰も知らないだろう。
「何故、lewdじゃないお前が……私に抱かれた?」
 吉村はパソコンデスクに背を向けて私の肩に手を掛けた。今朝、私と一緒のバスルームで私の手で清められた肌の上を再び私が唾液で濡らし、汚していく。吉村の向こうにlewdの勃起が見える。もっと手前では確実な熱を持って吉村の躰が快感に打ち震えている。ひどく淫らな気持ちに覆い尽くされていく私の躰も欲情しそうだった。
「っ、あァ・……ッ! 梶谷さ、ァん……っ……嫌、イっちゃ……ァ・あ、……ぁあッ」
 私が着せたスーツ、私が貸した履き古しの下着の上から鼻先を押しつけると、吉村は咽喉を震わせて喘ぎ、腰を揺らめかせながら全身を戦慄かせ、呆気なく果ててしまった。布の下から性液の匂いが滲み出してくる。
「……感じ易いな」
 揶揄うわけでもなくそう言うと、私の肩を弱々しく押し返しながら吉村は顔を逸らした。感じ易いのは昨夜の内にも知れていたことだが、まだ最後の情事から丸一日も経っていない。その感覚が残っている所為かも知れない。
「随分堪っていたんじゃないか」
 人のことは言えないが、とフォローしながら吉村の下着を脱がせてやるとすっかり昨夜の淫乱な表情になった吉村が俯かせた顔からか細い声で呟いた。
「だって、……学生時代の時に付き合っていた彼女と別れてから……もう三年も……していないんです、合コンとか行ってもその気になれないし……会社じゃ、あんな調子だし」
 上体にスーツを纏ったまま下肢を剥かれた吉村の躰に昨夜私が無意識に付けた鬱血の後が生々しく残っている。私はその上を指先で辿った。触れた先から熱が灯るようだ。
「男に抱かれるのは初めてか」
 斯く言う私だって男を抱くのなんて初めてだ。lewdのことさえなければ思いもよらなかった。しかしlewdからのメールをすぐに不快な悪戯として削除しなかったのは私にそれなりの素質があったからかも知れない。
「あ……っ、当たり前じゃないですか!」
 かっと頬を赤らめた吉村が言葉を詰まらせながら反論する。侮辱に聞こえたのなら謝るが、恍惚とした表情で背後の蕾を咲かせたがって震わせている吉村が言ったって詫びる気にはならない。
「僕、……判らないけど……ずっと、梶谷さんのこと、好きだって思ってました」
 パソコンのキーボードを払い除けるように避けて吉村をデスクに座らせた。私の目前に緩く起ち上がった肉棒も後孔も見えるように、浅く腰掛けさせる。足を大きく広げさせると、その体勢を恥らうように吉村は顔を伏せてしまったが昨夜も散々淫らな格好をさせたのだ、今更拒ませる気もなかったし吉村も拒まなかった。
「ただの、……優しい上司の一人なのに……一緒にご飯食べに行ったりすると嬉しかったし、……触って貰ったりするとどきどきしたりして、その、僕……変態だって思ってました」
 広げた内腿に唇を付けると、ひくん、と吉村の躰が震える。吉村の躰を濡らす為の唾液なら後から後から口内に溢れてきた。内腿を、足の付け根に向かってゆっくり舐め上げる。吉村が耐え切れ無くなったように腰を突き出して、私の頭を股間に押し付けた。
「でも、……っは・ァ……、こんなことするとも、出来るとも思ってなくて……昨日は吃驚しましたけど、……でも僕、ただの人違いでも、……ァふっ、ぅ、ン……梶谷さん、僕、……ぁ、もっと……もっと、ッ……!」
 尻の割れ目から陰嚢を唾液でねっとり濡らしてやると吉村はそれ以上言葉を継げなくなった。甲高い女のような喘ぎ声が惜しみなく吉村の唇から溢れ出す。
 途中、メールの受信を報せるアラームが鳴った。lewdからだろうと直感的に思ったが今はlewdよりも目の前に濡れた肢体を広げている吉村にこそ欲情して、暫くは止みそうになかった。