LEWD(25)

 手元の伝票はまだ半分ほど残っている。手こずっていると言ってもたかが知れている、これは私がわざわざゆっくりと仕事をしている所為で一向に進まないのだ。
「もう、……良いだろ……ッ、そんなん、明日やれ」
 震える声で言った青年が伝票を繰る私の掌を押さえた。
「今日は残業なしですか」
 意地悪く尋ねると、残業好きの若社長の眼が私の眸を睨め付けて、次第にゆるゆると伏せた。
「ゥるせぇ、……よ……っ、……も・……良いだろ……ッ」
 視線につられて伏せた顔が紅潮している。縋り付くように私の手を押さえている指が震えていた。高められた性感をそのまま放置されて堪らないのだろう。しかし放置されているという事実に興奮も隠せないから勃起したまま刺激を待っている。
 痺れを切らした加賀見が一方の手を自身の肉棒に伸ばした。ねっとりと濡れて欲望に食い込んですらいる綴り紐を解こうというのだろうか。
 私は抑えられた手を振り払うことで彼を叱った。びくりと肩を震わせた青年が顔を上げる。田上さんや社長の怯えとは違う。彼は私に打たれると思って怯えているのかも知れないが、それを期待しているようでもあるのだから。
「残業がないなら帰ります」
 途中の伝票を放って、私は席を立った。しんと静まり返った事務所に回転椅子の軋む音が響く。
「……ッ、待てよ、……コレ……ッ・どう、すんだよ……」
 ロッカーからコートを取り出した私に加賀見が泣き出しそうな視線を向けた。息が荒く弾んでいるようだ。自分がこれからどんな酷い仕打ちを受けるのかと待ちわびているのだろう。
 私は黙って、手に取った黒いコートを加賀見に放って寄越した。
 
 事務所の外はスーツ一枚ではさすがに冷え込んだが、東京のようにビル風が吹くでもなく穏やかな気候のこの町は、ホテルまでの道程を歩く内に汗をかくこともあった。
「……ッ、待て、……よ……」
 いつも通りのペースで歩き出そうとする私の背中を青年の弱々しい声が引き留めた。私のコートを着けた姿は金色の頭には到底似合わない。それとも私のコートのデザインが古いのだろうか。今度吉村にでも見立てて貰う必要があるかも知れない。
「早く歩いて下さい、ホテルまでほんの少しなんですから」
 振り返った私を憎々しげに睨み付けながら、加賀見は唇を噛んだ。足下はひどく力無く、ふらついてさえいるようだ。私が手を伸ばすと、一度は無視しようと眼を逸らしたものの、結局は肩に凭れるようにして縋り付いてきた。
 加賀見の重い体を引きずるようにしてホテルまでの道を歩いた。大の男がこんなにぴったりと寄り添って歩いているところを見られたら堪らないが、幸運なことに辺りには人気が殆どなかったし、加賀見の様子はまるで泥酔しているかのようで、端から見たら若さに任せて飲み過ぎた青年を送り届けてやる上司の姿に見えるかも知れない。
「……ッ梶・谷さ……ァ、……もう少し、ゆっくり……そっと、歩けねぇのかよ……ッ」
 加賀見は小刻みに震える手で私の袖を掴みながら、私が足をつく度に息をしゃくり上げている。開きっぱなしの唇が濡れ、涎が滴っているかのようだ。
「何だ、もう限界か?」
 ホテルの望める麓の公園で私が足を止めると、青年は肯定も出来ずにただ俯いた。時折背筋が痙攣するように小さく波打つ。公園には子供達の置き忘れた遊具が置かれているだけで、人影がない。私は迷わずに敷地に足を踏み入れた。覚束ない足取りで加賀見も後をついてくる。
「限界か、と訊いてるんだよ」
 ベンチの前に足を止めて青年を振り返ると、彼はようやく小さく頷く。視線は明後日の方向に逸らしたまま、悔しそうに唇を噛んでいる。
「どうして欲しいんだ」
 夕焼けが私の後ろから差している。視線をさまよわせた加賀見が眩しそうに眼を顰める。
 公園の入り口から犬を連れた初老の男性がゆっくりと歩いてきた。
「ほら、答えろ」
 私は声を潜めて、加賀見に詰問した。入り口に背を向けた彼は公園内に人が来たことを知らないかも知れない。私は加賀見がどう答えるのか、男性に聞かれてしまうのではないかと考えて足下からゾクゾクと鳥肌が立つのを感じた。
「……チン、……、……って下さい」
 顔を伏せたまま青年は震える声で呟く。犬を連れた男性は訝し気に私達を一瞥しながら、ゆっくりと公園内を横切っていく。
「聞こえないよ」
 私が溜息を吐くと、加賀見は更に強く唇を噛んで息を飲んだ後、顔を上げた。
「俺の、……チン、……ポを……イカ、……っイかせて下さい……、何でも……何でも、するから……」
 涙声で懇願した加賀見は自分の手で自分の腕をきつく抱いている。ぶるっと大きく震えたところを見ると私に哀願する自分の言葉に感じ入ったようだ。
 私は意識して初老の男性を見遣った。その視線に気付いて、青年も自分の背後を振り返る。
「……ッ、!」
 紅潮していた加賀見の顔が一瞬で蒼白する。犬の首から繋がったリードを持った男性に今の言葉が聞こえたかどうかは私にも判らないが、青年はただでさえ弾んでいた息を更に短く弾ませた。
「イかせてやろうか」
 私が手を伸ばすと、その手に縋り付きたいのかそれとも拒みたいのか、加賀見の手が重なる。しかしそこに力が込められることはないまま、私は着せたコートを分けて手を忍ばせた。その中には事務所の中でそうしたように衣服を剥ぎ取ったままの下肢が震えていた。
「梶、……ッ止め……やめろよ……冗談……冗談だ、……ァ……本当・もう止めてくれ……よ……ッぉ……!」
 涙こそ零れていないが加賀見はもはや泣いていると言って良いほど表情を崩して、しきりに私に哀願した。他人のいる野外でイかされることが怖いのだろう。しかしその意志に反して私が手を掛けた肉棒はいきり立っている。高く反り返って、私のコートだけでなく加賀見の着けたシャツまで汚していた。
「イかせて欲しいと言ったのはそっちだよ」
 いやいやをするように首を弱く振りながらも、加賀見は私の肩に頭を預けて凭れた。もう自分の力で立っていることが出来なくなってしまったのだろう。此処まで歩くだけでも精一杯だったに違いない。
「こんな、……こん・ッ……こんな処で、イけるわけねェ……っ、だろ……!」
 呻き声のような喘ぎを交えながら悪口を叩く加賀見の肉棒を縛った綴り紐の結び目を引いた。ヒッ、と短く息を吸った青年が背を仰け反らせる。今まで押さえ込んでいた封印を解かれてもう殆ど絶頂の中にいるのだろう。次の瞬間には蕩けるような息を吐きながら腰を揺らめかせた。
「たの・……む、頼むから……せめてどっか茂みの奥……行かせてくれよ、頼むから……こんなとこで……誰が見るか、わかんねェ……ッし……、頼むから、梶谷さ……ン、っ……あんたのしゃぶっても良いから……尻……、ケツに、い、……入れても、良いから……頼む、こんなとこでイきたくねぇよぉ……っ!」
 行動に反した泣き言が、濡れた唇から溢れる。ゆっくりと歩を進めていた男性はますます私達のただならない様子に眉を顰めている。厄介事に巻き込まれまいと次第に足を早めた。
「入れても良い、だと」
 私が声を低めると、加賀見の喘ぐ声が甲高く響いた。紐を解かれたペニスはあっという間に濡れそぼり、力強い脈を早めている。
「入れて欲しい、の間違いじゃないのか」
 私は加賀見の掌を乱暴に掴んでスーツから引き剥がした。その侭また放置をされるとでも思ったのか、引き剥がされた手を握らせながらも加賀見は私にしがみつくように躰を寄せた。
「……ご、……ッごめんなさい、入れて欲しいんだよ……あんたのチンポ、ケツに思いっきりぶち込んで欲しい……もう、……もう間違えないから、頼むから・……っもう、おかしくなる……ッ!」
 強請るように甘い声を出しながら、加賀見はコートの下の欲望を私の腰に押し付けて躰をくねらせ、唇を求めた。丸く開いた唇から途切れ途切れになる嬌声を隠すこともせずに、尻を振ってあっという間に達してしまう。
 彼が感極まってイク、イクと叫びながら吐精感に恍惚となった瞬間には既に公園内の人影は我々しかなく、誰にも聞かれずに済んだようだった。