LEWD(3)

 昼休みに遅れた分を五時過ぎに回して勤務した所為で帰りが七時を回った。
 係長は復帰しているのに私にまとわりつく吉村はすいませんすいませんとしきりに謝っていた。彼が気にすることなどではないのに。
 それよりも吉村と私が昼食を一緒にしたことで、ないがしろにされた係長の視線が気になった。吉村に取り入ることで自分の出世を確実にさせたい願望が彼にあるのかも知れないが、それには私が邪魔なのだろう。私も出世のために吉村に取り入っていると思われているのかも知れない。安心しろ私はもう直き首を切られるのだからと言うわけにもいかない。
 職を失ったら働き口はあるだろうか。実家の両親は数年前まで新潟で漁をしていたけど今は東京の弟夫婦の家に同居している。長年有名企業に勤めていたという肩書きは、以前でこそ履歴書で光を放ったのかも知れないが、今の厳しいこの時世では結局そこで才能を開花させられなかったという証明をするだけに過ぎない。
 入社当初の希望に満ちた自分を思い返していると部屋の灯りを付ける前に煙草を一本灰にしてしまった。慌てて机上のリモコンに手を伸ばす。暗闇でも窓から差し込む町の灯で何とか生活は出来そうだといつも思うが、どうも点けずにいられない。
 電灯を点けた後で私は新しい煙草を銜えながら冷蔵庫にビールを取りに向かった。壁一枚隔てた向こうのお隣から鈍い物音が聞こえた。今頃帰宅したのかも知れない。都内でもあまり良い立地条件とは言えないこのマンションは、内装のデザインで客寄せをしていて家賃もそれなりに値が張る。
 私の隣に一ヶ月前越してきたのは田舎に資産家の両親を持つ大学生だった。妻と上京してきてから初めて引っ越し蕎麦を頂いたのでよく覚えているが、饒舌な両親の背中に隠れて口を噤んでいるような、あまり印象の良い子ではなかった。
 私は缶ビールを口に運びながらパソコンデスクに戻り起動ボタンを押した。lewdのことが頭から離れない。画面一杯に赤黒い勃起が納められているだけなのに、私にはそれが何故だか不快に思えなかった。表情も見えないlewdが、感じ入った様子で涎を零している姿が目に浮かぶように思えた。熱が伝わる。喘ぐ声が、堪らずに突き動かす腰の揺らめきさえ私には見えるようだった。
 ディスプレイが開くと、私は真っ先にメーラーを立ち上げた。こんなことは初めてだった。
 受信ボタンを押しても、未読メールは一件もない。トレイには昨日受信したlewdからの、サブジェクトのないメールが一通だけ表示されている。
 私はその名前をもう一度クリックした。
 画面一杯に転々と現れる見ず知らずの男の性器。
 僕を犯して下さい、という簡素なメッセージ。
 これが悪戯かも知れないという思いは拭いきれない。知らずに、或いは無理矢理写真を撮られた青年に対する、発信者lewdの酷い嫌がらせなのかも知れない。この写真の人間は男に辱められることなど望んではいないのかも知れない。
 しかしそう思えば思うほど私は自分の下腹部が疼くのを感じていた。
 本当に無理強いされているだけならこんな風に勃起したりはしない筈だ。カメラに手を伸ばし、腰を押しつけたりはしない筈だ。
 私は耐えかねてフロントのジッパーを引き下ろした。椅子の上に浅く腰を座り直す。久しぶりに熱くなった肉棒を、私はパソコンの中の彼に見せつけるように上下に扱いた。
「……はぁ、っァ……」
 長い間放って置かれた私のペニスは、皮を引き下ろすとひどく敏感に震えた。恥垢の溜まったカリ首を指先に引っかけて回転させると開いた傘がぱくぱくと蠢く。
 唇から漏れる荒い息を堪えながら、私は惜しみなく晒された肉棒の写真を視姦するように見つめてもう一方の手で幹を握った。先端と陰茎を同時に激しく責め立てる。私は異常なほどに淫らな気分になって、椅子を軋ませながら腰を突き動かした。
 妻の顔が脳裏を過ぎる。上司に組み敷かれた彼女は一体どんな風に犯されたのだろうかと想像した。その恥辱にまみれた彼女の顔が吉村のものと取って代わる。犯しているのも、妻の上司ではなく私だった。私が乱暴に貫くと吉村が丸く口を開けてよがる。その表情に誘われるように何度も同じ場所を穿つように腰を打った。
 発情した猫のように吉村は叫び声を上げた。その首を抑えつけて、私は彼の躰に一際深く楔を打ち込むと、何ヶ月も溜まっていた濃いザーメンをたっぷりと発射した。

 手元に塵紙も用意せずに始めたものだから受ける物が見つからなくて私はスーツを精液で汚してしまった。仕方なくそっとズボンを脱いでバスルームに持って行く。一度家で洗濯してからじゃないとクリーニングには出せないだろう。
 寝間着のスラックスを履きながら、ビールを置いたままのパソコンデスクに戻って部下を――しかも男の部下を脳内で犯してしまったことへの罪悪感を打ち消すように、煙草を銜えた。
「……、」
 lewdからのメールを最小化すると、受信トレイに未読のメールが届いていることを告げるメッセージが点滅している。
 私は訝しみながらトレイに戻って、発信者の名前を見た。
 lewdからだった。