LEWD(4)

 煙草の先を揺らして唇を引き締める。口内の唾液を喉の下に送り込んだ。
 精液の臭いがたち篭めた部屋で、私はディスプレイの中のポインタをゆっくりとその名前に移動させる。興奮しているのか? まさか。自慰に耽ったのはあからさまな性欲の象徴を見せつけられたからに過ぎない。高鳴る心音を抑えるようにして、一度マウスから手を離す。
 彼からのメールにはまたサブジェクトがなかった。
 昨日と同じメールなのかも知れない。無作為に同時発信しているなら同じメールが何通も届くことは考えられる。これが昨日と同じ内容ならば、私は下らない想像から解放されるような気がした。下らない想像――lewdが、私に犯されたがっているなどという妄想から。
 煙草の灰が自身の重力で零れそうになっている。私は慌ててそれを灰皿に放り捨てると努めて何気ないことであるかのように、マウスをクリックした。
 “たっぷり種付けして下さい。口からも尻からも
 生で、たくさん味わいたいです”
 lewdからのメッセージはほんの僅かながら長くなっていた。
 写真の枚数も減っている。しかし、昨日と同じ画像は一枚もない。添えられた文章に相応しく彼の尻の穴も映されていた。透明のジェル状のようなものを塗りつけて、指を挿入させている。もう一枚は、指を二本に増やして穴を押し広げていた。此処に私のものを入れろと誘っているのだ。さっきまで私の脳内で物欲しそうに腰を振っていた吉村のように、銜え込みたがっている。
 私は荒く弾みそうな息を堪えるように煙草の紫煙を吸い込んだ。屹立が懲りずに疼いてくる。
 ……lewdが欲しがっているこの肉棒を、彼と同じように写真に収めて添付してやったらどうだろう、という考えが頭を擡げた。
 尻に指まで入れているのだ、全くその気がない人間の悪戯ではないだろう。無作為に送られたメールなら私個人の情報など特定出来ないだろうし、私個人に宛てられたメールならば彼の願い通りになるというわけだ。
 私は妻と新婚旅行に行った時以来起動させていないデジタルカメラをクローゼットから探り出した。今のものと比べて外観こそごついが、まだまだ動くだろう。シリアルポートをパソコンの背後に差して、私は恐る恐るカメラの電源を入れた。努めて今から自分がしようとしていることの馬鹿馬鹿しさを考えないようにしていた。
 椅子の上に浅く座り直して、スラックスを膝まで下ろす。外気に晒された肉棒は少し緊張して萎えたようだった。エアコンが働いているといってもそれなりに寒い。
 片手にカメラを構えて欲望を扱くことは、この重いカメラでは難しく私はカメラをパソコンデスクの上に置いて一度シャッターを切り、ファインダーの位置を確認した。僅かに標的を外したレンズに亀頭の先端が映っている。パソコンに転送されてディスプレイ上に映った自身のものを見ると、どうも苦笑を禁じ得ない。
 止めようか、という諦めが脳裏を過ぎる。こんな事は馬鹿馬鹿しい。
 しかしカメラのプレビュー画面の後ろで開かれているlewdの画像を見るとどうもじっとしていられない。私の肉棒を映したメールを受信した彼はどう感じ、どう思い――そしてどんな風にそれを味わうのだろう。私が彼からのメールを見て興奮したように彼も私の肉棒を見て自慰に耽るのだ。ディスプレイに鼻先を擦り付けて、私に貫かれることを哀願するかも知れない。自分の指などでは足りなくなって擬似性器をその躰に穿ち――……
 私は男根の先端が濡れているのを感じた。
 もう、lewdにこのような返信をした男がいるかも知れない。今日のメールはその男の画像を見ながら行った自慰の様子なのか。じゃあこの「たっぷり味わいたい」というメッセージはその男に向けられた哀願なのか?
 詰まらない闘争心が私をますます興奮させた。別の男よりももっと、彼を満足させてやる。彼を四つん這いにさせて後ろから乱暴に突き、彼の前足が折れて床に顔を突っ伏させても、容赦なくその淫蕩な躰を掻き乱すのだ。彼が泣き喚くように叫んでも構わない。彼はそうされるのが好きに違いない。獣のように荒々しく、尻から突き刺した男根で腹を突き破ってやるくらいに激しく犯してやる。
「……ゥ、っ・はァ……!んぅ……ッ!」
 椅子の足についたキャスターがフローリングの床の上で跳ねた。私は筒状に丸めた自身の掌を窄めて、それを彼の肉壺だと思いながら激しく突き上げていた。
 他の男には渡さない。妻は私のセックスなど殆ど知らずに私から離れていったが、もう同じ過ちは繰り返さない。彼にはたっぷりと、私のザーメンを躰の奥深くまで染み込ませて、私の味を教え込んでやる。
「……ッく、イクぞ……っ! ぅア、あ、アぁっ……!」
 私はカメラのシャッターを自動的に切りながら椅子の上の腰を回転させて彼の肉襞を捏ね、絶頂に達すると一度目と比較しても遜色ないほど大量の精液を飛び散らせた。その飛沫がレンズにも付着し、滴り落ちる。私はそれを最後に写真に収めて、パソコンに転送した。