LEWD(38)

 熱に浮かされるように短い息を天井に吐き出している吉村の蕾に着衣の上から指を突き立てた。びくっと躰を震わせて吉村が息を詰める。
「イったのか?」
 紅潮した顔を覗きながらもう一方の掌を吉村の前に回した。精液の臭いをさせながらデスクに戻ったら係長も女子社員も堪ったものではあるまい。
「ま、……ァっ・まだです……ッ! や、ぁ・触らないで下さい、梶谷さん……っ! さわ、……ッたら、出ちゃっ……ます……」
 なるほど、吉村の肉棒はまだ暴発をしていないようだった。ジッパーを張り詰めさせて、心音より力強く鼓動させてはいるがじっとりと濡れるのはまだのようだ。
「午後、……午後も仕事があるんです、……お願い、お願いですから……ッ・梶谷、さん……!」
 欲に潤んだ瞳から滴が伝う。引いた腰を後ろから突つかれ、前からは射精間近の肉棒を握られようとして、感極まって流れた涙のようだ。
「何だ、して欲しくなかったのか……悪いことをしたな」
 私はわざとらしくぶっきらぼうに告げて手を引いた。踊り場の空気が急にしんと冷えるようなあっさりとした引き際を心掛けた。吉村を壁に追い詰めた躰を一歩引く。すると、自分の力で立つ力すら危うい吉村の手が弱々しく私の腕を掴んだ。
「ご、……ごめんなさい、違います……ッ・ずっと、ずっとして貰いたいって思ってました……かじ、梶谷さんに、して欲しかったんです――他の男の人じゃなくて、梶谷さんにして欲しかったんです……ッ、あの、だから」
 私を引き留めるために慌てて言葉紡ぐ吉村の吐く息が短く、熱い。しなだれかかってきた躰から私にもその熱が移るようだ。
「何をして欲しいって?」
 続けようとする吉村の言葉を遮って訪ねると重ねた肌に緊張が走る。しかし瞳の色は一層蕩けてきたようだ。
「――ぁ、……愛して欲しいって、……体中を――……い、虐めて欲しいって、思って……」
 勿論そんな言葉で私が許すとは吉村も思っていないだろう。見え透いた駆け引きだった。
「躰の何処を、愛して欲しいんだ……虐めて欲しいんだ?」
 体重を預けようとする吉村の躰を壁に押し返した。無防備に晒された肢体を改めて眺め回す。吉村がその視線に愛撫されているかのように、手足を小さく震わせた。
「ぁ、……の、……そこ……です、……チン……っ・とか、お尻とか……ち、……っ乳首とか……梶谷さんに……ィ……ッ虐められたいです……」
 哀願する唇が戦慄き、上下の歯がカチカチと鳴っている。縋り付いた躰で私の膝を両足に挟み股間を擦りつけて来た。イきそうになるとその動きを弱め、落ち着くとまた揺らめかせているようだ。利口な犬だ。
「だから、……っ、して欲しくないんじゃ、なく……て……ッ・スーツについたら困るから、って……あの、わがまま言ってごめんなさい、僕、……ッ梶谷さんに嫌われたくないです、おね、……お願いですから、僕のこと――……」
 吉村の言っているのが躰の問題なのか、それとも恋愛だとか愛情だとかそういう問題なのかは判らない。或いはその両方かも知れないが、熱の篭った吐息を喘がせて睫から雫を溢す様子は堪らなく愛しく思えた。
「今日、……今晩、工場の事……お話しますから、……今日は、帰らないで下さい・ッ――梶谷さん、ふ……くゥ……ンんっ! あ、イッちゃ・イっちゃァ……う、あ、僕――もう、僕……ッ!」
 擦り付ける腰の動きが激しくなってきた。私の膝に精の匂いを刻みつけようとしているかのような――まるで私がマーキングされているようだ。
 吉村は高い声を断続的に上げながら一度私の胸に顔を伏せてから慌てて首を上げ、射精を堪える切ない表情を私に見せ付けた。
 工場の情報の代わりに今夜自分を抱いて欲しいと言うのだろうか。そして今も、性欲の滾りを私に覚えさせようとするかのように躰を絡ませている。暫く逢わない内にずいぶん狡い男になった。
 私は膝頭を突き上げるように引き上げた。張り詰めた性器を圧迫されて吉村が背筋を強張らせる。飲み込んだ悲鳴の余韻が踊り場に響いた。
「じゃあ、遊びは夜までお預けだな」
 吉村が出した条件だ。文句は言えないだろう。
 目を丸くした彼から無理矢理躰を引き剥がして上階へ足を向ける。一人では立っていられないという風だった吉村が縺れるような足を引き摺ってついて来た。身じろぐたびに達してしまいそうな躰は酷く重く感じるだろう、声をしゃくりあげている。
「梶……ッ……さ・ァ……! ……っひ、ぅ……ッ」
 階段の途中で吉村がとうとうへたり込んでしまった。放っておけば昂ぶりも収まるだろう。このまま彼の躰が落ち着くまで眺めていてやろうか、それとも放出に手を貸してやろうか暫し考え込んだ。
 その時、私の胸で携帯が鳴った。
 段差に座り込んで顔を俯かせている吉村を一瞥してから携帯電話を取り出すと、見覚えのないアドレスからのメールを受信した電子文字がディスプレイで光っていた。