LEWD(43)

 腕に巻いた時計の針が五の字を指した瞬間に携帯電話の着信音が鳴った。発信者は吉村だ。
『梶谷さん、……今何処ですか?』
 尋ねる吉村の声が幾分震えているような気がした。気の所為ではないだろう。私は二杯目のコーヒーを残して席を立った。喫茶店の扉を潜るのと同時に煙草を銜える。すると路上煙草禁止の張り紙が視界を掠める。随分生き難い世の中になった。
「会社の入り口まで迎えに行こうか、それともどこかで落ち合うか?」
 そびえ立つビルを眺めながら吉村の息遣いを聞いた。これからホテルを取るか、或いは彼の家まで、躰が保つだろうか。少しでも触れたらイってしまいそうな吐息が聞こえる。
 『会社は……、駄目です・……ッ駅……、駅で待っていて下さい』
 こんな悩ましげな声を出して、業務はしっかり果たせたのだろうか。そう揶揄してやりたい気持ちを抑えて私は大きな社章に背を向け駅に向かった。
 吉村のことだ、勤務中はしっかりと気持ちを切り替えて働いていたに違いない。しかしその分張り詰めていた気持ちが抜けた途端に乱れることは必死だ。私は駅の改札を避け、男子トイレに向かった。

 幾らも待たずに吉村は私に言われた通りトイレの個室に姿を現した。
 狭い密室の中には昔のようにつんと鼻を突く匂いもなく、壁には何度も消されたらしい落書きの上にまた落書きが重ねられて、その上から注意を促す張り紙が貼られていた。しかしその傍らには幼い顔立ちの女性が唇を丸く開いた所謂ピンクチラシが貼られていた。
 トイレに人影はなかった。退勤ラッシュで改札を通り抜けていく人は大勢いるのに、トイレに駆け込んでくるものはいない。一刻も早く家に帰りたいという悲鳴のような足音が遠くに聞こえた。
「梶、……谷さん、……僕……」
 吉村はコートを羽織っていた。自らその前を広げる。不自然に大きく張り詰めた股間が、濡れていた。
「随分早かったな、走ってきたのか?」
 肉棒をスーツに擦り付けて? 個室の壁に背を預けた私が腕時計の針を確かめながら尋ねると吉村は唇を噛んだ。返事はない。ただ、荒い呼吸だけが個室に充満していく。
「係長にいやらしい場所を見て貰ったか」
 係長の名前を出すと弾かれたように吉村は顔を上げて首を左右に振った。その頬が紅潮している。自分の嫌悪する男に辱められる想像を、私から与えられることが彼にとって興奮になっているのだろう。
「勤務中、何度トイレに篭もって自分の手で抜いたんだ」
 吉村の濡れたスーツに視線を落とした。中で肉棒が跳ねる様さえ見えるようだ。窪みを蜜が伝い、茂みまでゆっくりと零れていく。浮き上がった青黒い脈が刺激を欲しがってざわめいているのだろう。
「……ッ、そんな……」
 吉村は喉を詰まらせるようにして言葉を吐き、直ぐに顔を伏せた。していないとは言わない。しかし質問には答えない。……つくづく、狡賢い男になったものだ。私は徐に腕を伸ばすと壁から背を離して吉村の躰に詰め寄った。
「、は・ァ……っゥ!」
 跳ね上がる甲高い喘ぎを吉村が慌てて飲み込む。私の伸ばした腕は彼の股間を握っていた。
 スーツの上からゆっくりと練り上げるように扱く。吉村の躰は電流でも流されているかのように痙攣して、床に崩れ落ちそうになるのを私が壁に押し付けた。
「こうやって会社の便所で、何回抜いたんだ、……それとも誰かに抜いて貰ったのか?」
 引き攣った吉村の腿に私の膝を擦り付ける。吉村は唇を濡らして、天井を仰いで喘ぎ混じりの吐息を噛み殺している。
「答えなさい」
 スーツの上から亀頭を捏ねた。尿道口に指を捻じ込むように乱暴に撫でる。絞り出したカウパーがスーツから滴るほど、どぷりと溢れた。
「ひゃ、……ッあ、ァ……梶谷さ……ッぁア・ン……っ! 、僕……僕が一人で、……っァ・二回……、二回、抜き・ました……ッ」
 晒された喉がひくつきながらようやく言葉を紡ぐ。こうして詰問されたくて答えを遅らせる術は、一体何処で入手したというのだろう。私がいない間に相当遊んでいたに違いない。それを咎めるつもりはないが、従順でなくなってしまったら私にとって吉村が吉村である価値はなくなってしまう。
「脱げ」
 濡れた手を吉村の股間から離し、トイレットペーパーで拭った。汚いものを触ってしまったかのようなその仕草は吉村の被虐願望を擽ったらしい、ますます蕩けるような表情をして、彼は従順にスーツを落とした。既に股間はしとどに濡れそぼり、膝の近くまで体液が伝い落ちていた。湯気さえ立ち上りそうなほど熱くなった躰を惜しみなく私の目前に晒し出す。
 私は洋式の便器の蓋を下ろすとその上に足を広げて座り、ジッパーを下げた。吉村が息を呑む。今にもむしゃぶりつきたそうに喉を上下させている。まるで飢えた犬だ。