LEWD(47)

 吉村に対する遠慮などではなく自然と、私は罪悪感のようなものに苛まれて眉を顰めた。
「……私は、――そんなつもりで……」
 絞り出した声は自分で恥ずかしくなるほど情けなかった。吉村が笑う。
「僕が望んですることです、何処の誰だか知らない人と寝る事だって出来るんだから、梶谷さんのためになるセックスなら喜んで出来ます」
 いつも通り屈託ない表情で告げる吉村の顔から視線を外した。湯飲みの中の水面を見つめる。
「……卑怯なことをしてすみません」
 視線を伏せた私の頬に吉村が手を伸ばした。気付いて顔を上げる。直ぐ近くに、吉村が膝をついて座っていた。
「梶谷さんに言わずにすれば良いことなのに、恩着せがましい事をしてごめんなさい」
 私が吉村の方を向くと吉村は直ぐに私の頬から手を離した。ただ傍らで項垂れて、懺悔をする罪人のように――或いは主人に叱られた飼い犬のように。
「もし、梶谷さんを本社に呼び戻せて、工場も守れたら……その時は、褒めて貰いたいって思って……」
 吉村の声のトーンが下がった。甘えるような真似はしない。ただ、私の許しを待っているかのようだ。私は吉村の力ない肩を見遣った。寒い室内で半裸になった彼の肌は粟立っていた。か細い、華奢とも言えるような躰。専務は彼にどのように誘惑されてどのように抱くのだろうか。
 掌をそっと上げて、すっかり冷え切った肩に滑らせる。吉村がぴくんと竦み上がった。
「嫌じゃないのか?」
 肩を撫でた掌を胸に這わせる。吉村が身を捩るようにして、私に身を晒した。ゆっくりとその躰を床の上に横たえるように押し遣る。吉村の眼が私を見つめた。
「……梶谷さんが知らないくらい、僕の躰は……、いやらしいんです。だから、……知らない人とも寝たし、それで感じてしまうくらい、浅ましいんです。だから……、ッ・平気、です」
 吉村の躰の上に覆いかぶさると、乳首を指先で捏ねた。そこから熱が灯っていくように吉村の躰が汗ばんでいく。
「お前が他の男と寝たのは私が放ったらかしにしていた所為だ、違うか?……それとも私だけでは足りないくらいいやらしいのかな」
 ワイシャツ以上に濡れて肌に張り付いていたスラックスを引くと、吉村は自ら腰を浮かせて脱ぎ捨てた。着衣を纏わない足を、私の腰に絡めて甘い息を吐く。
「……梶谷さんが、僕のことを放っておくからです……っ、梶谷さんがいれば、他の人は要らない、のに……」
 噛み付くような勢いで吉村が私を詰った。こんなことは彼との長い――先輩と部下としての関係も含めて――付き合いの中で、初めてのことだった。感極まったように唇を噛み締めた吉村は顔を背けて目尻を濡らしていた。
 他人と寝るほどまでに放って置かれて事への憤りを嘆いているのか、それとも他人とは本当は寝たくないのか、それを私に指摘されたことが悔しいのか自分の抑えていた感情を吐き出したことを恥じているのか。
 私はそれを尋ねる勇気もなく吉村の唇に吸い付いた。鼻を鳴らしながら吉村は私の首に腕を絡ませてその口付けを受け止める。
 私に父性を感じての甘えなのか、それともこれは恋愛か或いは肉欲に過ぎないのか――……吉村の肌に鼻先を埋めながら、私は吉村の計りきれない真意を探ろうとするかのように目蓋を閉じた。

 翌日、吉村と朝食を共にして一緒に家を出、私は工場に、吉村は会社へと向かった。彼がいつ専務と交渉するつもりなのかは判らない。彼の決心のために私は昨夜彼を抱いたのかも知れない。
 吉村は嫌だと言わなかったし、私も意識したわけではないのに私は彼の躰に傷をつけないように彼を愛した。唇を這わせた跡も、肌を打った形跡も残さないように留意した。それでも彼を抱けば男を知った躰だと判ってしまうだろう。しかし果たしてあの専務が吉村に挿入できるだろうか。よほどの好色ならば薬を用いてでも勃起するか、と私は首を捻って電車に乗り込んだ。