LEWD(51)

 薄い木材で造られた便所の扉は、加賀見の乱暴な扱いで歪んでしまいそうな悲鳴を立てた。視線を前のデスクに滑らせると田上さんがじっと首を竦めている。申し訳ないことをした、と思った。しかし謝ろうにも理由が思いつかない。加賀見を怒らせると判って挑発した私が確かに悪いのだが、彼に勝手に怯えている彼女に謝罪する必要はない。
 彼を挑発する気持ちは確かにあったが、かと言ってそのために嘘を吐いた訳でもない。事実を言っただけだ。いつかは言うべきことだったのだ。
 事情が変わったのだ、吉村が自分の躰を売って私を本社に戻すと断言したのは――あれは提案と言うよりも断言だろう――加賀見との会話の後だ。吉村が失敗するだろうという気は起こらなかった。こんなふざけた「企画」でも、私は吉村の仕事が失敗したのを一度も見たことがなかった所為だろう、彼ならそつなくこなせると思った。
 しくじっても彼を責めようとは思わないが、しくじったことを謝罪する吉村など想像も出来なかった。
「――、ッ!」
 今、逃げるように飛び込んだかと思った加賀見は直ぐに扉を開いて顔を見せた。
 田上さんが怯えたように振り向く。私はわざとらしくワンテンポ置いてからその表情を見遣った。加賀見がどんな顔をしているのか、容易に想像がついたからだ。思った通り、噛み付くような視線で私を睨み付けている。
「どうかしましたか」
 田上さんの前で、笑いを堪えるのは至難の業だったが、恐らく加賀見がこれ以上事務所に留まることも苦しかったのだろう、苛立たしげにゴミ箱を蹴り付けると二階へ上がる扉を開いて階段を上がって行った。この調子では、今日一日中仕事などしないつもりかも知れない。
「具合でも悪いんですか」
 心配を装って掛けた声は加賀見には届かなかったかも知れない。それで構わない。これは田上さんにさえ聞こえていれば良いのだ。
 案の定返事のない様子を確認すると、私は田上さんに視線をずらした。
「どうしたんでしょう」
 怒り狂ってパチンコなどの屋外に飛び出ることはあっても、二階に上がるということは今までなかった。しかも二階から物に八つ当たりする不穏な物音はしない。田上さんも私に不気味そうな表情を向けて寄越した。
「腹でも壊しましたかね」
 笑い出したい気持ちを抑えながら私は暫し仕事に戻った。二日も連続でデスクワークを放り出すわけには行かない。本社から持ち帰った書類を整理して加賀見に言われた通りの書式に直し、プリントアウトする。工場にも顔を出して社長と挨拶を交わし昨日の礼を言った。
 社長の表情は優れなかった。私がこの時期本社に出掛けることが、工場の行く先を暗示しているように感じたのだろう。実際その通りだが、もっと良い方向に進めるように私は働きかけてきたつもりだ。勿論未確定のことは伝えられないが。
 工場に部品の仕様書を提出して戻ると、私はパソコンの回線を繋いでメーラーを立ち上げた。