LEWD(52)

 ――lewdへ。
 サブジェクトを打ってから、私は正面の田上さんを窺い見た。いつもパソコンに向かって仕事をしている私の手許など彼女には知りようもないだろうが、窓から煌々と灯りが差し込む中、こうして調教のメールを打つことは道に外れている意識が強くなった。
 昨日、本社の階段で吉村を虐げた時は薄暗い壁に囲まれていたが、ここは片田舎の狭い職場だ。工場にいる誰も、まして田上さんなどが私のこの変態性には気付く筈がない。澄ました表情をして、国内の何処にいるのかも知れないマゾヒストの男に恥辱のメールを送ることは私を俄かに興奮させた。
『動画を有難う。
言い付け通りリングを付けているようで感心した。
自分で扱いている姿をいつもと違う、リアルな様子で見ることが出来たのも良かったよ。
今はいつも通りの職場に戻っているのでまだ写真を送ることは出来ないが、短い動画を何度も再生してお前の浅ましいオナニーで私も欲情した。
首から下の毛を全て剃り落とせ。
チンポの周りだけではなく、お前がいつもヒクつかせている尻の毛も、足の毛も、全てだ。
他人に見られては恥ずかしい躰にするんだ。
子供のようにつるつるにしたら、何度でもイって良い』
 先ほど見たばかりの動画が再び脳裏に再生された。
 動いているlewdは、彼が現実に存在する男なのだということを私に思い知らせた。その彼が、人前に迂闊に晒せないような躰になることを想像すると私の股間は懲りずに熱くなってくる。
 そのまま送信ボタンを押そうとして、躊躇った。
 或いは彼が出先なら、携帯のアドレスに送った方が彼も興奮するのかも知れない。何ごともない日常生活の中で私がこうしてメールを打っているように、彼も彼の日常の中に人知れず調教を受けることは温度差を感じるのに良い機会なのだ。
 私は送信先のアドレスを変えて、ようやく送信ボタンをクリックした。

「加賀見さん降りてきませんね」
 私が素知らぬ風に言うと、田上さんも再度心配そうに二階へ続く扉を見遣った。本当に彼を心配に思うなら彼を叱ってやれば良いものを。
「様子を見てきます」
 私はメーラーを閉じて席を立つと、階段へ向かった。社長に誘われて食事を頂いた際に二階の様子を一度見ている。社長と細君のプライベートな空間に入ることなく加賀見の部屋に向かうことが出来るのを周知している。田上さんは案の定、怯えたように眉を潜めるだけで何も言わなかった。
「加賀見さん、大丈夫ですか」
 わざとらしく声を掛けながらゆっくりと階段を上がる。加賀見にも聞こえているかも知れないが、田上さんに聞かせるためだけの掛け声だ。部屋に篭っているであろう加賀見にも聞こえているとすれば彼は相当焦っているだろうが、知ったことじゃない。
「加賀見さん、昨日本社から預かってきた書類に眼を通して頂きたいんですが」
 言いながら二階の生活スペースに上がると細君は不在のようだった。お陰で私の股間を押し上げる欲情の塊を隠す心配はなくなったわけだが、加賀見の部屋の扉がやけに静かだ。私が近付いていることが判ればもっと怒鳴り返してくるものかと思っていたのに、だ。
「……入りますよ」
 声を低め、扉越しに告げた。
 鍵もなく開け放った部屋の中で加賀見は、頭の先まで布団に包まって横になっていた。