LEWD(68)

 息を潜めて戸外の様子を窺っている間、私の脳裏に吉村の痴態が浮かんでは消えて行った。
 それらが久し振りに動いている様子を拝見した専務の老いぼれた顔と交差する。吉村はあの初老の男性にどのように媚び、どのように乱れるのだろうか。
 乱れたような振りをして見せるだけかも知れない。そしてそれは私を呼び寄せる為に過ぎないのだろう。それでも、吉村の肌をあの深い皺に刻まれた指が撫で、乾いた唇が愛撫するのか、と思うと身の毛がよだつ思いだった。
 吉村は何とも思わないのだろうか。
 思わない筈がないという思いと、思わないかも知れないという気持ちが入り混じる。
 勃起するかどうかも儘ならないような男に弄ばれることが彼の被虐願望を昂らせるかも知れない。私の為に自分の意にそぐわないセックスをすることが彼を恍惚とさせるかも知れない。
 しかし私はどうだ。
 吉村に本社に戻りたいと言った訳でもないし、まして吉村にそんな真似をしろと言ったこともない。思ったことすらない。
 彼は私の縄張りだ。私が彼に肉棒の味を教え、尻穴を拡げてやったのだ。
 吉村の気持ちは判るし、いじらしいと感じる。私が教えた手段で私に恩返しをしようというつもりかも知れない。
 彼が私の知らないところで私の知らない男と寝ることを咎めるつもりはない。
 しかし専務は、私の――直接的なものではないが――上司なのだ。
「梶谷さん、どないしたんですか? ……そんなおっかない顔して」
 薄暗い資料室に押し込めるように引き込んだ多田が、関西弁の混じった妙な喋り口調で私の顔を伺った。緊張した私の体を、解そうとするように叩く。私はその腕を掴んで、引き寄せた。
「――たいと、……」
 私は唇を震わせるようにして呟いた。多田が首を伸ばして耳を傾ける。
「思い切り掘られたいと、言っていたな」
 私の唇に、知らず笑みが浮かんだ。
 多田からの返事はなかった。彼の表情を見る間もなく、私は多田の躰を資料室の隅に乱雑に置かれたダンボールに突き飛ばした。驚いたような声が短く響く。ダンボールの崩れる物音も、昼休みを告げるチャイムとそれと共にオフィスから溢れ出てくる社員の声に掻き消された。
 吉村は私が妻と別れた理由を知っている筈だ。私から直接伝えたつもりはないが、何処からか漏れ伝わってはいるだろう。
 私が妻を、上司に寝取られたと。
「ッ、たぁ……」
 ダンボールに埋もれた上体を擡げながら多田が短く呻いた。その姿に一歩二歩と歩み寄りながら、私は私の理性を繋ぎ止める首に回ったネクタイを緩めた。気分が高潮してくるのを感じる。
 インターネットブラウザの中で屈託なく晒された笑顔の写真、その横に書き込まれた端的な誘い文句。あまりにも情緒に欠けて、そそるとは言い難かったが、構わない。思い切り掘られたいというなら思い切り犯してやる。私の味が忘れられないほどに。
 「梶谷さん、乱暴やなぁ」
 乱れたジャケットの裾を直そうともせずに多田は笑った。ダンボールの上に身を預けたまま、ねぶるような視線で私を仰ぐ。
 「……昼休み中に済ませて下さいね」
 仕事、溜まってるんで、と多田は屈託なく笑った。