LEWD(73)

 バイブレータの刺激をなくした尻の穴が、白濁の飛沫を飛び散らした肉棒の震えに同調するように断続的に収縮した。
「余程飢えていたんだな、電話でイってしまうなんて」
 私がわざと笑い声を上げると、多田は引き攣ったような息を啜り込んで口端で笑って見せた。
 携帯電話を引き抜くと、腸液が僅かに糸を引きディスプレイには着信一件の文字が点滅している。室内には饐えた匂いが篭り、私達の熱気が蒸し暑いほどに感じられる。
 私は多田の脱ぎ落としたスーツのパンツで携帯電話を拭うと指先でボタンを押した。もしかしたら加賀見かも知れない。彼の子供染みた行いの所為で――或いはお陰で、私は此処にいるのだから。
 多田は緩慢な動きで私に絡ませた足を解き、床の上で上体を起こした。掌で顔中を擦って、取り乱した自分を切り替えようとしているようだ。胸の上に散らばった自身のザーメンを拭うべくティッシュを探し出し、丁寧にふき取る。咄嗟にポケットティッシュが出てくるところを見ると彼がいかに几帳面な性格なのかがよく判る。几帳面でデジタル方面に精通し、人当たりの良いやり手だが――下半身を脱がせて仕舞えば「思いきり掘られたい」か。
 男が私の手の中で豹変していく様を見るのは三人目になる。吉村も加賀見も、この多田も、私がこんな風に肉体を貪るような真似をしなければ見ることもなかっただろう一面だ。この調子では、lewdも昼間はどんな人物なのか知れない。
「あちゃあ」
 多田が素っ頓狂な声を上げて、腕時計を見下ろしている。昼休みが終わってしまったのだろうか。着信履歴を開いた電話機のディスプレイで時刻を窺うと、あと数分といったところだった。
 「昼食を取る時間をなくしてしまってすまない」
 私が詫びると、多田は首を竦め
 「ホンマは梶谷さんのチンポでも食わせてもらいたいところやってんけど」
 そう言って、私の知っている屈託ない表情を見せ、笑う。お返しとばかりに私も首を竦めた。美味いもんじゃないよ、と首を振る。
 多田は一人の男に執着しないタイプに見えた。こうして彼は時折男に抱かれながらも、頃合を見計らったように女性と結婚し幸せな家庭を築くだろう。私も結婚前にこんな自分の性癖を知っていたら、妻と別れることはなかったかも知れない。そう思うことで私は僅かに救われたような気がした。
 「美味そうですよ、せやから俺、吉村はええなーって思ってたんですもん」
 他愛のない話をしているようで、吉村の名前を聞くと私は自分の表情が強張るのを感じた。多田がスーツを着け直しながら、その表情を覗くように見遣って頭を掻く。私は彼のようにあっけらかんとすることが出来ないでいる。大分不器用に生き過ぎたのかも知れない。
 「……ま、今度機会があったら是非、ってコトで。
 ところで電話誰からだったんです? 携帯壊れてません?」
 多田は相変わらず早口でまくしたて、話題を変えた。その切り替えの早さに感謝しながら携帯電話のディスプレイを改めて覗くと、着信は吉村からだった。一緒に覗き込んだ多田が「あらららら」と、小さく呟く。私はその声の頓狂さに思わず笑い、多田の背中を押した。
 「引き止めて悪かったね、……吉村を驚かせに行ってやるさ」
 昼休みを終えて彼も帰ってくることだろう。――専務の許から。
 ワイシャツに付いた性痕の匂いを嗅ぎながら肯く多田を促して資料室の扉に引き返そうとすると、不意に、その扉が開いた。