LEWD(77)

 私に見下ろされたまま、吉村は黙ってスーツを脱いだ。
 ジャケットを肩から落としネクタイを解き、シャツのボタンを一つ外す毎に彼の頬が紅潮していくのが
 薄暗い部屋の中でも見て取れた。
 彼がワイシャツと共に首に掛かったネクタイを床に落とすと、私はようやく膝を折って床に手を付いた。反対に吉村が腰を浮かせて下肢を脱ぎ去る。その間、私を一度も見ようとはしなかった。だからこそ彼が、私に媚びているのが感じられた。
 肌を見せ付けながら挑発的に私を見ることもできただろう。ストリップに慣れた娼婦のように、私のものを口淫しながら脱ぐことも出来た筈だ。しかし吉村は――今日は――そうしなかった。清純な振りをして、私にだけ従順な男であることを演じているのだから。
 私は吉村の紺のネクタイを床の上から拾い上げると、肉の薄い吉村の躰にそれを足許から滑らせた。
「・ッか、……じ――」
 途端に毛穴を縮み上がらせ、鳥肌を立てた吉村が震える声で私の名を呼ぶ。表情に視線を映すと、既にその眼は欲情していて赤く色付いた唇からは熱い吐息すら漏れているようだった。
「専務に媚薬でも飲まされたのか」
 彼が感じ易いのはいつものことだ。それでも私は意地悪く専務の名前を口にした。吉村が髪を揺らして首を左右に振る。
 「では係長に尻でも撫でられたか」
 吉村は更に強く首を振った。
 腕を伸ばし、その頬に触れる。熱でももったように熱かった。
 「係長にそんな、ことされても――感じ、ません……」
 首の動きを止められた吉村は自らの息で濡れた唇を開いて呟くように言う。私は熱い頬を親指でゆっくりと撫でた。
 係長に男を好むような趣味があるとは思えない。彼は金で買える女に酒を注がせるだけで精一杯の男だ。反対に私は、金で媚びる女に酒を注がせることも出来なかったような男だが。
 頬を静かに撫でられると吉村は恍惚とした眸をゆっくりと伏せた。男と遊んでいるという話は以前本人の口から聞いたし、私もそれを彼に問い詰めることで詰ることが出来るが、彼が女性と遊んでいるという話は聞いたことがない。
 追われるよりも追う方が好きだとは言っていたが、今でも女子社員には人気があるのだろうか。吉村のこんな表情を見たいと思っている女性は多いに違いない。
 私は吉村の躰の線をなぞったネクタイの一端を、彼の頬にあてた掌で掴んだ。そのまま、彼の目蓋を覆って髪の後ろで結ぶ。
「梶谷、さん……?」
 不意に閉ざされた視界を不安がるように吉村が私の腕を掴む。細いネクタイが眼線から外れないようにきつく結んだ。