LEWD(88)

 素っ気無い電子音だけが響く携帯電話の通話ボタンを押すと、電話を切った。
 加賀見の意思は計りかねるが、私の説得を聞かないようなら先ずは私がlewdの場所を抑えることが先決だ。二丁目とやらで遊ぶことを私が止める義理もないし、どうせ今の彼の首に縄を付けに行くことも出来ない。今二丁目にいるというのならまだしも、今は新宿の何処にいるのかも知れない。
 lewdに逢いに行くというのなら、lewdの傍で待っていれば加賀見には確実に逢えるのだろうから。
 それと同時に――lewdの正体も、知ることが出来るのだから。
 漫画喫茶の入口に足を進めながら、私の胸は徐々に高鳴ってきているのを感じた。
 私はlewdに逢いたいのだろうか。また、lewdは私に逢いたいと思っているだろうか――もし思っていないのなら、私は加賀見を工場に連れ戻すためだけに、彼の許へ行くことになる。
 加賀見を連れ戻すことは、lewdに逢いたいと思う自分への口実に過ぎないのだろうか?
 私は加賀見をlewdに逢わせたくないと感じているのか、だとしたらそれは何故なのだろう。何故私はこんなにも急いで、彼を連れ戻しにきたのだろう。加賀見がlewdに逢いに来た理由を、知りたい。
 「いらっしゃいませー」
 自動扉を潜ると、雑然としたカウンターの奥から金色の髪を伸ばした店員が愛想のない声を上げた。理由もなく鼓動が強くなっている。私が伸ばした腕の先に、指の先端のすぐ傍までlewdが迫ってきている気がした。
 私は店員にインターネットのブースを一時間だけ借り受け、仕切りで区切られた席へと向かった。
 案の定店内には漫画を読み耽るスーツ姿の若いサラリーマンや、マッサージチェアーで惰眠を貪っている初老の男性などで――静かに――賑わっていた。
 綺麗に片付けられたデスクの前に掛け、スクリーンセーバが働いているモニタに向き直る。多田の募集記事が載っていたサイトの名前を、加賀見のブックマークの中から思い出しながら私はマウスを動かした。
 既に立ち上がっているブラウザの検索窓を開き、おぼろげな記憶を打ち込む。
 検索に引っ掛かったサイトは232件もあった。私は心地好い硬さの椅子に座り直すと、ポケットから煙草のソフトケースを取り出し、モニタを見ながら唇にフィルタを運んだ。
 検索窓に打ち込んだサイト名の後にスペースを一つ、空ける。煙草の先に火を点すと、キーワードをもう一つ付け加えた。
 ――ゲイ。
 再度エンターキーを弾くと、ヒットするサイトは極端に絞られ、一番上に表示されたサイト名を、私は静かにクリックした。
 途端に切り替わった掲示板が主体のサイトは、確かに見覚えのあるものだった。しかし、私は大きく紫煙を吐き出すと傍らの灰皿を引き寄せながらマウスを動かす手を止めた。
 多田は此処までのヒントを与えてくれはしたものの、此処からどうしろとは言わなかった。勿論私も訊かなかった。私の性癖を知られ、躰を繋げてもなお、lewdのことを口に出して認める気がしなかった。
 私自身が、lewdのことを何も知らない所為かも知れない。彼が実在するのかさえ知らないのだし、彼の言う『主人』が私一人とも限らない。彼に翻弄された自分がばかばかしいと感じることになるかも知れないのだ。
 サイトのトップページを隈なく眺めるが、サイト内を検索できそうなページは見当たらない。サイトマップもないし、掲示板が四種類とチャットルーム、リンクページがあるだけだ。
 チャットルームに入って誰かに訊いてみたら判るのかも知れない。しかし果たしてこんな昼間に誰かがログインしているものだろうか? 私は煙草を口端に咥え直すと、マウスに手を滑らせた。
 チャットルームと書かれたリンクの上をカーソルでなぞる。
 今までチャットなどしたことがないし、勝手も判らない。それに出会いを求めるサイトでものを尋ねるだけというのは礼に欠いている気がする。
 だが、他に方法があるだろうか? 何千件とある募集記事を全ページ見て回るのも時間が掛かるだろうし、私はlewdの顔も知らない。多田の時と同じようにはいかないだろう。
 私は灰皿に煙草を押し付けると、リンク先をクリックした。