LEWD(89)

 チャットルームには二種類あり、ミックスチャットとツーショットチャットとどちらかを選べと、再度リンクを選択する画面になった。
 私は迷わずにミックスチャットをクリックし、参加者の名前を探した。
 ログオンしている人間は――こんな昼日中だというのに――二名いた。一方はKENという男で、一方はいかにもハンドルネームという感じの、フィストという名前を名乗る男だった。他愛のない話をしているようで、しかし互いにどんなプレイをしたいかということをたびたび交えて会話は進んでいるようだ。しかし逢おうという話題はログを遡る限り見当たらない。会話に入って行っても気まずい雰囲気にはならないだろう。
 私は入室と書かれたボタンの前に置かれたテキスト領域にカーソルを合わせ、暫し考え込んだ。
 今までこんな風にハンドルネームを考えたことなどなかったからだ。多田のように本名でも見つかることはないかも知れない、これは掲示板ではないし、ログがいつまでも人目に晒されることはないのだから。それでも、lewdのことを訊き出す以上最低限プライバシーを護りたいという気持ちが働いた。
 私は長く考えることをしないで『K』とだけ入力すると、入室ボタンを押した。
 先の入室者に挨拶をすると、二人きりでのんびりと話していただけの両者から飛び付く様にレスが帰ってくる。
>タチ? ネコ?
 フィストと名乗るだけあって、一方はセックスをする気があるのだろう。挨拶もそこそこに尋ねてきた。
>タチです、ところでちょっと人探しをしているのですが
 私は無駄話を極力避けるように素早く打ち込むと、途端にフィストからの返事は遅くなった。タチであることで興を削がれたのか、それとも探している相手がいる人間には興味がないということか。
 代わりにKENと名乗る男がどんな人かと尋ねた。
>lewdという人を探しています
 キーボードを一つ叩く度に心臓が震えた。自分でも、何故こんなに緊張するのか知らない。lewdに逢うことが怖いのか、知らないままでいたいのだろうか。それともlewdに私を知られたくないのか。謎であるということが、彼の価値であり、それは恐らく相手にとっても同じだろうから。
 私がlewdの名前を出した後、その画面が自動的にリロードするまでの数十秒を私は固唾を飲んで待った。キーボードに伏せた指先から汗が滲む。
 白い画面に浮かび上がった文字が一度消え、その間に送信された情報をブラウザが再度表示する。
>もしかして、御主人様?
 フィストからのレスだった。
 多田の言葉が脳裏を過ぎった。
 lewdの『御主人様』はそんなにも有名なのだろうか。先刻よりも明確に、耳の傍で鼓動が脈打っている。私は返事を躊躇った。
>御主人様? マジで?
 KENの発言が重なるように繋がった。
 肯定すべきだろうか、それとも――。
 否定するようなことではない、彼にとって御主人様が複数いたとしても、私も彼の主人であることには違いないのだ。しかし主人と呼ばれることに僅かな抵抗があった。私は彼を飼っているつもりはない。逢ってもいない人間を飼っているなどとは思えない。
>違うの?
 私からの返事を待つようにフィストが立て続けに発言を寄越してきた。
>さぁ、判らない。彼の御主人様がどんな人かも知らないし。
 私は一度エンターキーを弾くと、ようやく息を継いで
>lewdというのはこのサイトじゃ有名?
 と尋ねた。何故彼の名前を出しただけでこんなに食いついてきたのか、それさえ判れば情報になるかも知れない。加賀見はこうして情報を得たのだろうか。
 一度画面が切り替わっても、両者からの返答は無かった。肯定も否定もしない私は彼らの好奇心を掻き立てられなかったのだろうか。
 二度、画面が更新された時
 KENからの返事があった。
 それは一つの、URLだった。