LEWD(91)

 KENから貰ったURLをクリックし、読んでいる間、私は胸を打つ心音が聞こえなくなった。
 さっきまで耳の傍で煩いくらいに悲鳴をあげていた鼓動が、今はただの衝撃にしか感じない。誰かが、私の胸を力の限り殴っているかのような衝撃にしか。
 店内で緩やかに流れているBGMも、私の耳には掠めもしなかった。
 何も聞こえない。
 私の心臓は本当に機能しているのだろうか、私の耳は音を拾えなくなったのではないかとすら思った。こんなにも心臓は脈を打っている筈なのに、マウスに乗せた掌がひんやりと冷たい。汗をかいているのだ。
 咽喉の奥がからからに乾いている。もちろん、舌の上もだ。店員にドリンクを頼もうか、と思った。頭の隅でどこか冷静な自分がいる。しかし躰は凍りついたように身動きが取れず、視線一つすら動かすことが出来なかった。
 LEWDの日記、と称された頁に張り出されている画像は確かに、私がLEWDから受け取ったものだ。
 この日記で語られている命令を、確かに私もした覚えがある。日付けも間違ってはいないだろう。
 しかしこのLEWDは
 本当に私の知っている彼なのだろうか?
 だとしたら
 LEWDの正体は
 
>ご主人様なの?
 フィストの発言が、暫くしてから画面に現れた。
 チャットの続いているブラウザに視線をようやく向けると、体中が錆ついたような音を立てそうな錯覚にとらわれた。
>ご主人様なのかな~
 KENも、私の返事がないことを訝しんでいるようだ。
 私は、冷え切った指先を掌に握りこみ、乾いた喉を上下に動かした。勿論唾液など一滴も出てこない。呼吸をすることも忘れていたのか、頭がずんと重い気がして、眩暈を覚えた。
>恐らく
 私は重い指をゆっくりとキーボードに滑らせて、それだけを打ち込んだ。
 その後、彼らが何を言ったのか覚えていない。
 私はサイトのアドレスを教えてくれたKENに礼を言っただろうか。
 音を失くしたような世界に立ち尽くした私が、自失したまま店を出ると、一気に音の洪水が押し寄せてきた。
 様々な会社を擁するビルが乱立する街並み、車が激しく往来し、スーツ姿のサラリーマンと制服姿のOL、たまに私服姿の人間が入り混じって生活をする場に、自分がどんな風に戻ってきたのかもさだかではないが、私はまた道路の端に立っていた。
 LEWDは
 私がかつて住んでいたマンションの隣の部屋に住んでいた、あの青年だったというのか。