LEWD/番外-Ⅱ

 女の子を合コンの席から連れ出すのは容易い。
 相手を選ばなければもっと容易い。
 端から向こうも相手を探す気で来ているなら、お互いの利害の一致という奴だ。
 後腐れのない関係を望めるならそれが一番良い。そういう相手は一目見ただけで判る。相手も判る筈だ。
 楽しい酒が飲めて、楽しいセックスが出来て、大勢で騒げればそれなりの金も惜しくはない。
 初めての男は高校の先輩だった。
 俺はそれまで男とやろうなんて考えたこともなかったけど、先輩は俺に惚れていたらしくて何でもやらせてくれた。それは高校生の俺には女の子に強要など出来なかったことでも。
 先輩のテクニックは今にして思えば拙いものだったけど、俺はAVで見ていたようなプレイをしてみたい年頃だったし、気がつけば自分も先輩にケツを貸すほど男との関係を楽しむようになっていた。
 一方で女の子と遊ぶことも捨てきれなかった。それぞれに良い面はあると思ったし、使い分けることが楽しいと思った。
 合コンの楽しさは友情と駆け引きの楽しさがある。享楽的に遊ぶことはストレス発散になるし、女の子と寝ることは何だか落ち着いた。俺は中学生まで自分をマザコンだと思っていたから、多分それの延長線なんだろう。
 反対に、男と寝ることは純粋な性欲発散だ。安らぎが欲しいわけじゃなくて、自分も相手も汁塗れになって自分がどこまで変態になれるのか試したいと思う気持ちがあった。
 変態という言葉を人を蔑む意味で使ったことはない。自分を変態だと思うことでひどく興奮した。男のザーメンを飲み干すなんて変態のすることだし、ケツを掘られてイキまくるなんて獣染みてると思っている。だからこそ興奮するんだ。だから俺は男が好きだ。
 多分俺は将来、母親として最高な女を口説き落として結婚したいと思うだろうけど、それまでは男と種を交換し合って楽しみたい。
 そのためにセーフティセックスを心掛けてるつもりだけど、なかなかそうとも言ってられない。
 どうしても相手を探す手間を省くためにネットに頼りがちだし、ネットで知り合う相手は中出ししたい野郎が多い。病気の心配さえなければ俺も中出しが一番イイと思ってしまうから、余計タチが悪い。
「おはよーさんですー」
 とは言えもう昼過ぎだ。IT部はマシンを直射日光から避けるためにブラインドを閉じてばっかりいるので部署を出るとどうしてもこういう挨拶をしたくなる。
「もう昼だよ」
 案の定苦笑を返されてしまった。
 見覚えのあるようなスーツを着ている梶谷さんの後をついていくと、案の定エレベーターに乗り込むところだった。
「二階に行くのか?」
 眉を小さく上げて振り返る仕草が、妙に可愛らしい。梶谷さんはネコの経験がないと言っていたけどその気になった暁にはぜひ先陣を切りたいところだ。
 そんなことを言おうものなら吉村にどつかれそうだけど。
「んー……、行こうかな」
 暫く外の空気を吸いたいし、と答えるとエレベーターを呼ぶボタンを押しながら梶谷さんは肩を震わせて笑った。
 あの後吉村と合コンに行くことはなくなった。
 それまでも――恐らく梶谷さんが吉村を抱くようになってから――吉村が合コンの誘いに乗ることは減っていたけれど、資料室での一件以来一切なくなった。俺も誘わなくなった。それでも、廊下で会えば話はするし同期会では酒を酌み交わすけれど、吉村は俺に梶谷さんの話をしなくなったし、勿論資料室の話などおくびにも出さない。あの日もう一人の相手が俺だったことは、吉村は一生知らなかったつもりで通すのだろう。
 エレベーターの扉が開いた。経理部の女の子が降りるのと入れ違いに、梶谷さんが入る。慌てて後を追った。
「煙草吸いに行かれるんですか」
 喫煙者には住み難い世の中になっているようだ。実はIT部には独自の喫煙ブースがあるのだが、俺は吸わないのでそのスペース分部屋を広くして欲しいと思っている。
「君は吸わないだろう」
 隣に並んだ梶谷さんが、回数を表示している電光板から視線を向けて笑った。黙って肩を竦める。ちぇ、って感じだ。
「梶谷さん、二人暮しはどないです?」
 肘で脇腹を突付く仕草をしながら揶揄うと、梶谷さんは大袈裟にそれを避けながら首を竦める。
「二人暮らし、と言うのかな。所謂そういう感じではないような気もするよ」
 確かに梶谷さんからは生活臭を感じないし、だからこそ生活のスタイルが変わったという雰囲気も受けない。それはきっと彼に二面性がある所為だろう。俺だって二面性にかけては一家言を持っているつもりだけど、梶谷さんのそれとは恐らく大分違うに違いない。
「二人暮しじゃなくて――ペットを飼い始めたって感じですか?」
 鎌を掛けると、梶谷さんは視線を合わせずにさぁ、とだけ返した。そうだよとでも言ってくれれば楽しみ甲斐があるのになぁ。
「俺もたまには構ってくれません?」
 エレベーターが二階に着いてしまう前に、梶谷さんの股間にそっと掌を伸ばした。ようやく、梶谷さんの視線がこっちに帰ってくる。
「君の躰が空いてないんじゃないのか?」
 仕事で、と胸のポケットを示されると、またタイミングの良いことにメールの着信音が筐内に響いた。漏れなく同僚からの連絡だろう。くそ、受信制限でも掛けてやろうか。
「体を壊さない程度にね」
 エレベーターが二階に着いて、梶谷さんは掌を掲げながら降りて行ってしまった。
 ていよく断られたということか、それとも俺の躰さえ空けば遊んでくれるという言葉通りに取っても良いものか、悩むところだ。彼ならば後者も有り得ないとも限らない。
 更に下に降りようとするエレベーターの扉が閉まりかけた時、誰かがボタンを押した。再度扉が開く。
「あ、……お疲れ」
 顔を見せたのは吉村だった。
 相変わらず賢しい奴だ、俺の顔を見ても別に何という表情もしない。
「下?」
 一応確認すると、一つ頷いて乗り込んできた。
「そう言えばさ、佐々木さん結婚するらしいよ」
 佐々木というのは同期の女の子で、清楚系の可愛らしい子だった。彼女が長く付き合ってる彼氏がいるとは聞いていたから、なるほど納得できる。
 吉村はまた同期会をやらないと、と言いながら地下のボタンを押した。
「今な」
 ジャケットの内側で鳴った携帯電話のメールを確認しながら、吉村への相槌もそこそこに切り出すと吉村は無防備に俺の顔を仰ぐ。
「梶谷さんと一緒やってんぞ」
 だから何ということはない。遊びに誘って、かわされただけだ。だけどそこまでは言わずに、吉村を置いてエレベーターを降りようとした。
 たまには俺かて、意地悪くらいしたなるんじゃ。
「……だから?」
 一階に着いたエレベーターの扉を出た俺に、吉村は一言だけ応えた。
 慌てて振り返ると、俺が今まで見たこともないような吉村の顔があった。
「――……!」
 目を瞬かせている間に、扉はゆっくりと吉村の姿を掻き消して閉まってしまった。
 吉村とは入社当初から同期の中で一番仲良くつるんでいるつもりだった。でも、表情のころころとよく変わる子供っぽいあいつの、あんな芯の強い表情を見たことはなかった。
 俺はエレベーターホールで暫く立ち尽くして、言葉をなくした。
「…………はは、」
 何や。
 さっき見たばかりの梶谷さんの後姿が脳裏に過ぎる。吉村の表情は俺なんて眼中にないということを体現していた。
「……何や……」
 勝ち目なしっちゅうことやな。
 俺は後頭部を撫で上げるように掻くと、踵を返してエレベーターに背を向けた。