夏合宿(2)

「疲れマラっていうの?何かもうさー、チンコは無駄に勃つんだけどシコる手が動かねぇっつーか」
 同室の中村が畳みに突っ伏して死んだような目をしている。
「だからってお前、そこに擦りつけんなよ?お前の汁なんか臭くてたまんねぇよ」
 さすがに一軍の奴らには僅かながらも余裕がある。辛うじて残っている俺らの手前、ぐったりもしていられないのかも知れない。練習メニューがそもそも違うんだし、そんなこと気にする必要もないと思うんだが一軍には一軍のプライドがあるようだ。二年生にもなれば二軍も一軍もお互いを意識しなくなるらしいけど、一年ではまだそれは難しい。
「風呂行ってくる、中村どーする?」
 宿泊所に設けられた浴場はあまり大きくなく、三年生から順に入って一年は最後、風呂掃除のおまけ付きだ。
 中村が無言で手を振る。そんな気力もないらしい。
「あいつもそろそろかな」
 一軍の奴らが囁きあった。それは困る。今の二年生だって二軍上がりが三人いる。俺一人が残されたら肩身が狭くて仕様が無いじゃないか。
 でも一方で、俺一人だけがこの合宿を耐え抜いたらまた鷲見先輩の目に止まるんだろうかと期待する気持ちもあった。我慢することが、強くなることが彼に近付くためなら俺は何でもしようと思った。
 それは彼にとっての運命の相手が俺じゃないと判っているからだ。
 俺にとって鷲見先輩は特別で絶対だけど、彼の中で俺の存在を少しでも大きくするためにはそんじょそこらの努力では足りないのだ。こんな合宿くらいではまだ足りないとすら思える。
「あ、やべぇタオル忘れた」
 手の中にハーフパンツとティシャツしかない事に気付いて足を止めると、先を歩いた奴らに馬鹿にされながら廊下を引き返した。
 部屋に戻って中村がいなかったらどうしよう。どうしようもないけど、二軍が俺だけになることを考えるとちょっと気が滅入る。もともと中村なんか真っ先に辞めると思っていた。愛読書は明日のジョーとはじめの一歩だし、ミーハー加減で言ったらテレビの影響受けて入って来た奴以上だと思う。でも、途中入部した俺よりも数ヶ月長く続けてるんだよなぁ……。
「……?」
 渡り廊下を歩いていると、不自然な明かりに気付いた。トレーニングルームの電気が点いている。
 朝練に使うだけで、夜は誰もそれどころじゃないからって殆ど使用されてない筈だ。部長か誰か、明日の準備でもしてるんだろうか。
 薄く開かれた扉をそっと覗き込む。
 人の足が見えた。誰かベンチに横たわっているようだ。まさかあの練習の後自主トレをしてたのか?疲れて眠ってしまったのだろうか。
 音を発てない様に注意しながら、扉を開いた。
「……!」
 電気ショックを与えられたように高鳴った心音が口から洩れないように、慌てて歯を食いしばる。
 そこに眠っていたのは、鷲見先輩だった。
 背後の廊下を振り返る。浴場に下りた他の一年の姿はない。他の上級生達も其々部屋に入っているようで、誰も廊下を歩いていない。
 部屋に飛び込んで扉を閉める。
 あぁ、心臓ってポンプなんだと変に冷静に思った。俺の胸の中にある血液ポンプがばくんばくんとフル稼働している。練習で上がった息とは違う、緊張とか興奮とかそういう類の、胸の高鳴りってやつだ。
 咽喉が矢鱈と乾いて、唾を飲みこむ。
「……先輩?」
 震える声で問い掛ける。ベンチに仰臥した先輩の肌は汗ばんで、寝息を立てるたび胸が大きく上下する。本当に自主トレをしていたんだ……トレーニング室内には先輩のかいた汗の匂いや熱気が篭っていた。
「鷲見先輩、こんな処で寝ていたら風邪をひきます」
 もう一度声を掛けた。ぐっすり寝ているようだ。
 先輩の匂いの充満した部屋の空気を胸一杯に吸いこんだ。脈打つ速度が速くなる。足が震える。眩暈がする。
 手を伸ばしたら、今なら、鷲見先輩に触れる。
「……先輩、鷲見先輩」
 先輩を起こしたいのか、ぐっすり眠っているのを確認したいのか自分でもよく判らない。
 ……いや、判らないなんていうのは嘘だ。この機会を逃したくないというのが本音だ。
 先輩、もう一度呼ぼうとした声が掠れて声にならない。ベンチに向かって足を踏み出す。無防備に開かれた先輩の体がすぐそこにある。
 少し触れるだけで良い。指先に触れるだけで良い。
「……、」
 ベンチの横に膝を突いて、先輩の寝息に耳をそばだてた。規則正しく往復する呼吸。先輩の呼吸。俺の息が荒くなってきた。
 薄く開いた先輩の唇が乾いている。水分制限している所為だろう。無意識に自分の下唇を舐めて濡らすと、今度は先輩の唇も同様にして濡らしてあげたくなってきた。
 心臓が裂けそうなくらいに鼓動を早くする。
 じっとりと汗ばんだ掌を、先輩の頬に伸ばした。岩崎先輩に当てられた拳の痕は全く見えない。8オンスでやったわけでもないし当然だけど、それは俺の口実のようなものだった。先輩の頬に触れるための。
 指が震えている。こんなに震えていたら、触れたら先輩は起きてしまうかもしれない。肌に付ける前に一度、拳を握った。震えが止まるのを待ってもう一度開くと、先輩の頬に、指先を落とす。
「、っ!」
 触れたかと思うと反射的に手を引いてしまった。
 濡れている。
 汗をかいた先輩の肌はしっとりと濡れていた。
 断続的に息を吐いて緊張を和らげようとした。でも、既に息が上がるほど興奮した俺の緊張はそんなことじゃ解けない。
 震える指先をじっと見る。
 先輩の汗に触れた指。思わず、唇に運んだ。舌の先に広がる塩味が俺の緊張や興奮を、欲望に纏め上げた。
 先輩の肌はまだ濡れている。汗が引く程の間がなかったということだ。部屋に戻る余裕もないほど疲れ切った先輩が此処で眠りについたのはほんの数分前なのかもしれない。ということは、まだ当分起きないに違いない。
 自分を奮い立たせる理屈かもしれないけど、俺はそう思いこむことにした。
 このまま練習に耐えていたって、先輩が卒業するまでの間、こんな無防備な姿に出くわすことは今を逃したら二度とないに決まってる。
 覚えてもらいたいとか、卒業後も連絡を取れれば良いとか、そんなのは嘘だ。触りたいし、肌に吸い付きたいし、犯したいに決まってる。
 自分の唾液を付けた指を、今度は先輩のトランクスからはみ出た腿に伸ばした。
 引き締まった筋肉をなぞり上げる。肌を覆った先輩の汗は、まだ冷えてもいない。
 軽快なフットワークを見せる足が、ぴくりと反応した。反射的に先輩の顔を見る。……起きてはいない。筋肉の痙攣かもしれない。こんな処で体を冷やしたら、部長に怒られるのに……
 トランクスの裾をたくし上げて、中まで指をそろりそろりと侵入させた。こまめに先輩の顔を覗く。大分熟睡しているようだ。
 トランクスの中は先輩の体温が篭って熱く湿っていた。
 震える息をゆっくり吐く。俺の体も汗をかき始めていた。部屋着のパンツを欲望が押し上げてくる。さすがに繋がろうとすれば先輩だって起きるだろう。でも、チンポをしゃぶりながら自分を扱くくらいなら、起きないかもしれない。先輩のをしゃぶりたい。サポーターの中のそれは汗や何やで匂いが濃厚になっているだろう。想像しただけで、先走りが零れそうだ。
 室内に俺の呼吸する音が響く。ひどく大きな音に聞こえて、扉の外に洩れてないか不安になるくらいだった。