満員電車(3)

「、ッてぇ……」
 目尻に涙が浮かぶほど男の力は強かった。握りつぶされるのかという想像が脳裏を掠めたけど抵抗すればもっと酷くされるんじゃないかという気がした。謝るのが一番良いんだと思ったけど、その言葉すら出てこない。
 次第に男の手が柔らかく揉み込むような動きを見せ始めた。電車の車輪がたてる音に合わせているかのような、不定期な動き、しかしきつく握られた後のペニスは何故か容易に膨らみ始めた。
 男が背後で小さく笑う。
「こんなにチンポをビンビンにさせて何処に逃げるつもりだったんだ、えぇ?」
 僕は咽喉を逸らせて唾を飲み込んだ。勃起しているのは、昨日の感触を覚えている所為だ。誰に触られようと、気持ちがどうであろうと、触れられれば反応を返すのは当たり前なんだ。
 そうとは言えず僕はただ首を振った。せめてもの反抗のつもりだった。
「期待してたんだろう」
 男の低い囁き声が、隣のサラリーマンに聞こえてしまいはしまいかと気になって仕方がなかった。全身に汗が滲む。男の掌はズボンの中の肉棒を掬い上げるように支えて、服の中で捏ねた。
 長い指が下着の上から僕自身を弄る感触をまざまざと思い出す。思わず、掌に腰を押し付けていた。息が弾み始める。
「昨日からずっとこんなか?それとも握られて感じたか」
 違う。
 僕は何度も首を振ったけど、周りに気取られないように弱いものにしかならなかった。
「……今日はたっぷりとイかせてやるからな」
 男の声が優しい甘みを帯びた。豹変したその声に思わず僕は目を伏せた。早くジッパーを下ろして欲しいと思った。男の爪がジッパーの上を擦る。その刺激を逃さないように僕は腰を振る。背後からの体が僕にぴったりと密着してきた。
 男の体も熱を帯びている。吐く息がまともに僕の肌に掛かる。
 男の指がジッパーを引き下ろし、制服の中に滑り込んできた。期待していた刺激を与えられて僕は身を捩った。鼻に掛かった声が漏れそうになる。目を閉じると、自分が何処にいるのか判らなくなってきた。体全体を揺さぶって男の指の動きに合わせた。
 隣のおじさんが新聞をめくる。
 僕は男の腕に手を掛け、密着した体を更に引き寄せた。彼の体が僕に覆い被さってくれれば、幾らか周囲にはばれないだろうと思った。男は引かれるままに僕の体を押し潰し、思った以上に大きい体で僕を包み込んだ。
 知らない男の匂いがする。僕は何でこんなところで、こんな男にチンコを触らせているんだろう。自分のしていることにぞっとする。でも、男が亀頭を撫でるたび体は震え、裏筋を掻き上げられると仰け反った。
 自分の肩に顎を押し付けるようにして堪えきれなくなった声を零す。くぐもった、この程度の声ならば電車の震動に掻き消されるだろうと思った。男にも聞こえまいと思った。
「ん、……ふっ・ぁ……んんっ、あ」
 男の指が濡れた下着を擦ると腰を掌に押し付け、その下の玉袋を揉まれると背筋をじわっと這い登ってくるようなやるせない感触に腰を引いて尻を振った。
 昨日は結局駅のトイレに駆け込んで何度か擦っただけで大量に射精し、家に帰ってからもまだむずむずとして寝る前に一発抜いてしまった。でもまだ、男に触れられるたびに滴りそうなほどの先走りを漏らして、イきたがっている。こんなに感じたことはなかった。全身が悶えて、物凄いエッチな獣になった気分だ。
「男にチンポ触られて気持ち良いのか?」
 体ごと圧迫されるのも満たされている気になって性感を高めた。腰を突き出せば男の長い指が絡みつき、尻を出せば男の体が押さえつける。
 僕は何度も首を縦に振った。昨日満ち足りなかった分、今日は昨日以上に気持ちよく感じた。昨日だって自分で二発抜いたのに、それでも足りないと感じた。他人に弄られて、その中でイきたいのだ。
「女みたいに尻振りやがって……この変態が」
 男の声が笑った。頭がぼうっとなる。感じているのが羞恥なのか怒りなのか、下半身を嬲られたまま囁かれる声に僕は知らず、発射してしまっていた。
「ふぁ、んん……ッ!あん、ン……、ん、は・ァ……」
 男の体に押し潰されたまま全身を痙攣させた。顎が反って思わず声が漏れてしまったかもしれないが、その時の僕は頭の中が真っ白になっていてそんなこと気にかける余裕はなかった。
 下着の上からしか触れてこない男の手の中に、下着を透過して泡立った白濁の臭い汁は断続的に何度も流れ出た。
 男はそれを丁寧に掬い取って、僕の顔に寄せた。息を整えながら顔を背けた僕を男は、ただ哄笑った。

 平日が続く限り僕は毎朝同じ電車の同じ車両の、同じ扉の前に立って男の手淫を受けた。
 男の口数は少なく、殆ど僕を蔑むような言葉ばかりだったが、僕はそれを囁かれるたびに全身を慄かせて果てるようになっていた。
 男の掌にザーメンを吐き出すようになって二~三日もした頃、週末を迎えて二日間は電車に乗れない僕は自宅で今まで通り自分で性欲を処理しようとエロ本を広げた。
 半勃ちの肉棒を掌で包み、根元から扱きあげる。目を閉じると、男の指が容易に思い出せた。
「は、……ッふぅ、ん……」
 甘い息が唇から漏れた。電車の中じゃとても出せない声だ。
 広げたエロ本に目を向ける必要もなかった。自分の手の動きに合わせて思う存分腰を振る。電車の車輪の音が聞こえてくるような錯覚にとらわれた。
「ぁ、ッもっと……んん、ぅ……もっと触って、ぇ……」
 本当なら決して吐けない言葉を吐くと、僕の想像の中で男が、いつも通りの侮蔑を投げつけた。
 ――もっと足広げろ、この淫乱が。こんな所でチンコ扱かれて喘いでるなんて恥ずかしくないのか?
 僕は想像の中の男に従って腿を広げた。全身を突き抜けるような羞恥に、背を仰け反らせる。自分がひどく、惨めで卑しい娼婦に思えた。
「はぁあ……っ、ん、あ・ふぅ……あぁ、イク……イク……っ」
 自分の指じゃとても足りない。早く月曜日になって男に扱いてもらいたかった。そうしたらもっと腰を振るし、もっと浅ましい姿をして見せるのに。
「あぁ、ん――……っイ……!」
 僕は爪先をピンと伸ばして、ベッドの上で体を強張らせると自分の拙い掌の中に発射してしまった。
「……っふ……、はぁ……」
 枕元に用意したティッシュケースに手を伸ばす。目の前のエロ本は結局活用しなかった。掌の汁を拭い、肉棒についた分を拭き取りながら醒めた目でエロ本の頁をめくる。なけなしのバイト代で高い金出して買ったのに、今となっては大した魅力も感じない。友人に安価で売り払おうか。
 あられもなく広げられた腿、その奥に広げた花弁に、女は逞しい肉棒を銜え込んで歓喜の表情を浮かべていた。子宮口まで届くほどのペニスを突かれると女は全身をのた打ち回らせてエクスタシーの波を浴び続ける。
「――……」
 ザーメンを拭う手を止めて僕はそれに見入った。果てたばかりのチンコに血が巡って来るのが判る。背中がぞくぞくとして、興奮した。
 女は下半身を貫かれながら唇にも他の男のチンポを捻じ込まれ、苦悶の表情を浮かべながらも次第に蕩けた体に染まっていく。膣にザーメンが流し込まれれば絶叫して潮を吹き、口腔を犯されれば女は犬のように尻を振った。
 僕はその様を見ながら夢中で肉棒を扱いた。
 見飽きたエロ本の、その女に欲情したのじゃない。
 自分が、男にそうされたがったのだ。

 男は僕の、少なくとも学校は知っているだろう。僕は毎日制服を着ているんだから、もし興味を持ってくれたとしたら幾らでも校章を見ることは出来たはずだ。
 僕は男の何も知らない。スールを着ていても業種までは判りようがない。
 男は僕の年だって絞り込むことが出来る、まさか中学生だとは思ってないだろう。
 男の年を僕は計れない。顔すらまともに眺めたことがないのだ。
 僕がしているのは男の指と、男の声だけ。
 男は僕の下着を知り、僕の卑猥な表情を知り、僕の性器の形もザーメンの匂いも知っている。僕は男の何も知らない。
 気がつくと僕の後ろに男がぴったりと立っている。僕がその姿に気付いて視線を上げると、男も僕を見る。ガラス越しに見る男の顔は精悍で若そうだけど、その表情は普通の会社員とは少し違って見えるような気もした。それは僕が彼の痴漢行為を受けている所為かもしれないし、もしそうなら彼から見た僕もいやらしい表情をした「淫乱」なんだろう。
 電車の扉が閉められるとすぐに男は僕の腰に掌を這わせた。