満員電車(4)

「……っ!」
 男の手が触れたというだけで僕の体は過度な刺激を期待して直ぐに熱くなる。
 掌は、ゆっくり僕の尻を撫で回した後、股間へと回ってきた。それだけで僕の唇からは甘い息が漏れそうになる。扉に手を付き、そこへ自分の鼻先を埋めて声が漏れないようにした。
 ズボンの上を掌が、僕の反応を探るように這い回る。直ぐに僕の勃起は彼の掌に答えてジッパーを押し上げた。一人で腰を床に擦り付けるオナニーをする時のように体を揺する。男が笑った。
 いっそ自分でジッパーを開いてしまいたいくらいだった。少しでも長く男の指を感じたかったし、少しでもたくさんイきたかった。自分を快楽に導く卑猥なものを精液で汚したいと思うのは、犬や猫のマーキング行為と同じなのだろうか。男の手を自分のものとしてしまいたい、そういう願望なのかもしれなかった。
 一駅を過ぎた頃ようやく、張り詰めて壊れそうになったジッパーを男の指が引き下ろした。
「ん……ぅ……」
 ぷるんと弾けたペニスが制服から飛び出して、体を押し付けた電車の扉を叩く。その冷たさに僕が肩を震わせると、男はそのまま下着の中まで手を入れてきた。
「……っア、」
 慌てて口を覆う。男の指が僕の肌に直接触れることは初めてで、僕はもう先走りを噴き出してしまった。膝が小刻みに震えだす。脳裏に、チンコで嬲り者にされる女の姿が過ぎった。
「どうした、そんなに嬉しいか?」
 男の囁き声も、週末の物足りなさを挟んだ後ではより鮮明に聞こえて、この車両の乗員全員に聞こえてるのじゃないかと思うほどだった。
 僕は堪えきれなくなって、ジッパーを開いた制服のボタンを自分で外した。ジッパーから差し込まれただけじゃ男の手の自由が利かないことには気付いていた。下着も、もっと下まで引き摺り下ろされたかった。
「へぇ……」
 初めて見せた僕の積極的な行動に男が感嘆したような呟きを漏らす。
 早く思う存分扱いて下さい、と僕は心の中だけで哀願した。想像の中の男に弄られるだけでは自分の手の動きが覚束なくて満ち足りないけど、現実の中では僕は男に思う存分虐げられていない気がした。
 僕がもっとみっともなく男を求めることが出来たら、彼はもっと僕を踏み躙ってくれるだろうと思った。
 赤く充血して勃ち上がった肉棒を男が僕の肩越しに見下ろした。その首筋に顔を埋めたい衝動に駆られる。男は僕の生の肉棒をしげしげと見つめながら尿道をゆっくりとなぞり、膨れ上がるように浮かんだ先走りに目を細めた。
 ぷっくりと滲む透明な汁を男の指が拭き取る。先端の小孔を掠められた僕のチンコが震えて、直ぐにまた汁を溢れさせる。
 今度はその汁を亀頭に塗り込むように、男の指が絡みついた。
「は……ぁン……、ふぅ……」
 知らず腰をグラインドさせる。声が漏れることも気にしなくなっていた。新聞を広げていたおじさんが新聞を下げた気がしたけど、そんなことにはもう構っていられなかった。
 視線を感じた。車内の人全員に僕のいやらしい声を聞かれているような錯覚に陥る。
「……ア、……ん……イイ……」
 熱に浮かされるように僕は尻を振って、男の耳に息を吹きかけた。
 尻を突き出すと、男の下肢にも勃起が息衝いている。何で今まで気付かなかったんだろう。今までだって毎日そうだった筈だ。怖くて、気付かない振りをしていただけなのかも知れない。
 でも今日は違う。もう怖くない。突き出した尻で男の勃起を擦るように意識した。男が息を詰めた。僕は唇に笑みが浮かぶのを隠そうともしないで尻を突き上げてやった。
 「調子に乗るなよ」
 脈を浮き立たせた僕のチンコを握って、男が小さく笑う。初めて心が通ったような気がして嬉しかった。
 男の片手が僕の尻に回った。尻たぶの谷間を制服の上からなぞりおろす。僕の脳裏にはグラビアの中で犯される女に、自分の顔がオーバーラップして瞬いていた。
「はぅ、ん……っんン……」
 男の指が僕の尻穴を感じるように夢中で尻を突き出す。男の荒い息遣いが聞こえた。それは僕を痴漢している男のものなのか、それとも周囲で僕らを見ていた他の乗客だったのかもしれない。
「何だお前、チンポが欲しいのか?」
 電車は止まらない。僕の体が熱いのか、車内に熱気がこもっているのかもう僕には判らない。男の声は潜められたりしなかった。他のギャラリーにも聞こえるように言っている。それに気付いた僕は見せつけるように大きく頷いた。
「欲しい……ッです、おっきぃチ……コ入れて……ェ、くださ……」
 男の手がぬるぬるに濡れている。僕の先走りが男の指と僕の性器の間に糸を引いて繋げてくれている。
 早く、早く早く欲しい。電車が着いたら僕は降りないといけない。だから早く突いて欲しい。今此処が何処なのか判らないけど。
「何処に欲しいんだ?皆さんに聞こえるように大きな声で言ってみろよ」
 男にお強請りを強要されると僕はまたどぷりとカウパーを溢れさせた。床に音をたてて滴りそうなほどだ。車中には知ってる人もいるかもしれない、とふと思った。近所のおじさんや、同級生や、学校の先輩がいるかもしれない。僕を見ているかもしれない。
「ぉし……ッ、お尻に……」
 知らず、声が震えた。でもそれ以上に、自分でも弄ったことのないような背後の性感帯がひくついている。こんなところに異物を入れたら裂けるかもしれないし、痛くて気持ち良いどころじゃないだろう。でも僕の体は男のそれを欲しがった。
「僕の、いやらしいお尻に……ッ・熱いおチンポ入れて、下さ……ィ……――っ!」
 他人の、幾数もの視線を感じながら尻を振ってペニスを扱かれ、晒し物になることを悦びながら男に哀願の言葉を吐くと僕はそれだけで達してしまった。銀色の扉に勢い良く白濁が飛ぶ。ビチチッと汚らしい音がして、体を大きく震わせた僕を男は「強請りながらイきやがった」と周囲に報せるように言って、笑った。その笑い声に呼応するような、声とも嘆息ともつかない気配が返ってくる。
 白い目で見る人や気味悪く思う人や、嫌悪する人もいるだろう。でもこの中に確実に、男に嬲られる僕を見て同じように勃起させてる人間がいる筈だ。何人いるかは判らないけど、僕は確実に彼らに視姦されているんだ――僕の下肢から立ち上る、思わず顔を顰めたくなるようなザーメンの匂いに欲情し、或いは僕の恥ずかしい声を聞きながら男根を触っているかもしれない。家に帰ってから、駅に着いてから、会社や学校のトイレで、僕を思い出しながら射精してくれるだろうか。
 そう思うと、男の指に責められるでもなく僕のチンコは天を向いて勃ち上がっていた。
「このマゾが」
 そう言った男が僕の背後で身動いた。何をしているのか、僕には見ることが出来ない。しばらくすると、布の裂ける音がして、急に下肢がスーッとした。
「……?!」
 肩をこわばらせた僕が振り返らないように、男が頭を押さえつける。扉に額をしたたか打ち付けた僕は抵抗する気持ちもなく黙って男に尻を突き出した。
「良い光景だな、皆さんにも見てもらうか?」
 ひしめき合った車内でそんなことは叶わないけど、男は僕が何に感じるかをもう把握しているようだった。突き出した尻に男の指が滑った。
 布の裂ける音は、僕の制服の縫い目を裂かれた音だったのだ。外気が吹き込んできた下肢は性欲で熱く篭っていた肌に心地よく、更に僕を恍惚とさせた。
「は・ァ……嫌です、恥ずかし、……っンふ、ぅ……」
 鼻から抜ける甘い声は自分が女になった妄想を満たすのに充分過ぎるくらいだった。自分でもこんな声がどこから出てくるのか判らない。